俺は今せめぎ合っている。
目の前には極上の美人。
周りには誰もいない。
目の前といっても、本当に目の前だ。
俺と彼女との距離、わずか5cm。
これでキスをしてしまったら、一生妻に負い目を感じて生きていかなければならない。
しかしキスをしなかったら、一生後悔して生きていくことになる。
負い目と後悔。愛情と欲望。男と女。
その距離2cm。
どうしよう。したら終わる。したら終わる。
この積み上げてきた純白な10年間が無駄になる。
耐えろ。耐えるんだ。
ふう。
やめよう。
距離を20cmに離した。
キスをしたところで何も生まれない。
何も残らない。
失うものの方が何百倍も多い。
一時の快楽に溺れてはいけない。
その距離1cm。
彼女の方から近づいてきている??
どういうことだ。
彼女は私とキスがしたいのか?
そもそもこの綺麗な人は誰だ。
もしや妻からの刺客?
だとしたら絶対にすることはできない。
なんだかそう考えたら急に欲がおさまってきた。
この人は僕とキスをしたいわけではなく、恐らく妻からの金のために自分の唇を犠牲にしている。
というかいくら貰ってるんだ、この女は。
妻は一体どこからそんな金を出しているんだ。
私が働いて手に入れた金じゃないか。
私は自分の金とキスをするというなんとも情けない行為をするところだった。
距離を10cmに離した。
おや、彼女が僕をうっとりとした目で私を見ている。
この目は本物だ。
この女は完全に私にうっとりとしている。
彼女は金をもらっていない。
じゃあキスしても問題ないな。
するか。
妻にも言わなければバレない。
1回だけしよう。
引きずらず、たった1回の思い出にしよう。
その距離を3cmに戻した。
彼女がスッと顔を後ろに引く。
その距離30cm。
なぜだ。
この女はキスをする気がないのか。
じゃあさっきのうっとりとした目は何だというのだ。
まさか眠いのか?
なら逆にチャンスだ。
寝させて、その隙にしよう。
早く寝ろ。
私は念じた。
想いは届いた。
彼女は立ったまま眠りについた。
さあ、もうキミの唇は私のものだ。
確かに犯罪だ。
しかしそっとキスをすれば彼女にすらバレない。
誰も知らない、私だけのキス。
私は一切の音が出ないように、ゆっくりと優しく彼女にキスをした。
彼女はゆっくりと目を覚ました。
彼女は妻だった。