年末年始はたくさんお金を稼ぐはずだったが、
結局、年始は全く募集しておらず、
年末の2回しか派遣のバイトに入れなかった。
しかし、そのおかげで、
映像を作る時間がたっぷり持てた。
年明け早々、人生がいい回り方をしている。
第三作。
http://www.youtube.com/watch?v=7EGYdEv1XrQ&feature=youtu.be
「2013年初日の出の3」
年末年始はたくさんお金を稼ぐはずだったが、
結局、年始は全く募集しておらず、
年末の2回しか派遣のバイトに入れなかった。
しかし、そのおかげで、
映像を作る時間がたっぷり持てた。
年明け早々、人生がいい回り方をしている。
第三作。
http://www.youtube.com/watch?v=7EGYdEv1XrQ&feature=youtu.be
「2013年初日の出の3」
「2013年初日の出の1」の続き。
何と、あれで完結ではなかったのだ。
そもそもこんな垂れ流しにするつもりはなく、
部分的に素材としていずれ使えたらなという気持ちで何となしに回していたので、
映像がブレブレだったり極度に傾いていたりで、視ていると非常に気持ちが悪くなる。
そして、編集というものはほぼせず基本垂れ流し映像だったりするのだが、
誰が何と言おうと、これは僕、瀧澤悠の初映像作である。
そして初作ながら、いきなりの四部作。
編集というものを知ったその瞬間に作り上げたということ、
せっかく知ったのに敢えてほぼ映像を編集していないということ、
意図せず偶然として生まれた四部作だということ、
これが2013年の元旦だということ、
再生できることを願って画質を落として撮影してしまったこと、
全くもってうまく撮れていないということ、
そして処女作だということ、
そんな全てを含めての初映像。
第二作。
http://www.youtube.com/watch?v=Cq2e0sF_YLk&feature=youtu.be
「2013年初日の出の2」
2013年元旦、
家の2階の窓から初日の出を眺めようと思っていたが、
待てども待てども、なかなか現れない。
待っていては駄目だ。直接見にいこうと思い、
朝8時、カメラを持って、いや、カメラで映像を撮りながら、
家を出た。
今の古いPCでは、撮った映像を再生することすらできないが、
いつの日か、PCとソフトを買えたときにこの素材を何かに使おうと。
そう思い、一人で元旦にカメラを回しつつ、歩いてきた。
そして家に帰り、
念のためと、駄目もとでPCのいろんなファイルを消し尽くしてみたら、
なんと再生できてしまったのだ。
いい画質で撮らなかったのも、再生できた理由の一つだと思われるが、
それよりも、やはり今年は縁起がいいのだと思う。
編集についても映像についても全くもって知識は0なのだが、
ひとまず、もともと入っているWindowsムービーメーカーでやってみようと思い、
頑張って調べつつ編集に挑戦してみた。
編集といっても、基本は映像を回しっ放しだったので、
たまたまカメラの操作のミスで途切れてしまった部分を繋ぎ合わせるのと、
音をいろいろいじくったぐらいなのだが、
物凄い難しいものだと想像していたが、思ったより仕組みはシンプルであった。
ただ、さすがにフリーのソフトなだけあって、
シンプル故に、細かいことはできないよう。
ということで、
映像を始めて、映像編集というものを知って数時間の人間が生み出した、
映像処女作。
映像酔いに注意してご覧ください。
http://www.youtube.com/watch?v=mCqon6RYAtE&feature=youtu.be
「2013年初日の出の1」
2012年12月31日、
目を覚ますと20時を過ぎていた。
予定では、もっと早くに起き、
7・8時間かけて1つの振り返り文章を延々と書くつもりだったが、
現在時刻は、21時45分となっている。
もうすぐ2012年が終わってしまう。
予定とは、いつもその通りにいかないもので、
それが面白くもある。
しかし僕は、基本的に予定というものが嫌いだ。
先の自分の行動が強制的に縛られてしまうから。
自分一人の場合、
強制的に自分を縛る必要がある場合においては、
一人で予定を立てたりする。
でも、人と結びつける予定がどうも苦手だ。
自分との予定はいくらでも変えられるが、
人との予定はそうもいかない。
いざ当日となってしまうと、変更はきかない。
しかし自分一人の予定の場合は、
いくらでも変えられるし、変わった時にも対応できるし、
キャンセルもできるし、基本的には誰も傷つけない。
ということで、
いろいろなことを考えながらゆっくりと2012年を振り返っていく予定だったが、
残り2時間で急いで2012年を振り返っていくことに変更する。
現在、22時。
そもそも何故こんなにも起きるのが遅くなってしまったかというと、
非常にエッチな夢を見ていたからだ。
詳しくは覚えていないが、
たくさんの人間が広い部屋で眠っている中、
とある女性が自分の布団に入ってきた。
そしてコソコソと助平なことを始める。
その女性が誰だったのか、そしてどんな助平なことをしていたかは
全く覚えていないのだが、とにもかくにも非常に助平な時間だった。
一度ぼんやりと目を覚ましたが、続きを味わうために、
僕は予定を犠牲にした。
夢というものは面白い。
昨日は「大人オチ」の夢を見ていたので、
「大人オチ」の文章を書いてみた。
http://takizawa-yu.weblike.jp/contents/?p=2433
いわゆる「夢オチ」というものは、
一般的に否定されることが多い。
僕も、ひと昔前までは否定していたが、
今はものすごく面白みを感じている。
来年は、もっと「夢オチ」の文章をたくさん書こうと思っている。
基本的に、「夢オチ」というものはオチが決まっているのだが、
「夢オチ」と知ったうえで読む「夢オチ」は、少し変わってくるのだと思う。
確実にラストは「夢オチ」で終わると分かった状態で読む「夢オチ」。
そして、散々使い古されて、もはや誰も使いたがらない「夢オチ」。
この「夢オチ」という、煙たがられている言葉の響き。
僕は、この「夢オチ」に、ものすごい可能性を感じている。
さらにこの「夢オチ」は、
「大人オチ」、「犬オチ」、「化け物オチ」、「現実オチ」、「ところてんオチ」と、
いくらでも広がっていく可能性も持ち得ている。
先の分からないものは面白いが、
先が分かりすぎているものも、きっと面白い。
分かりすぎているからこそできることは、きっとある。
現在、22時半。
しっかりと振り返るのはやめようかと思ってきた。
残り1時間半で振り返るにしては、この8ヵ月は濃すぎる。
いや、濃すぎるといっても、大したことはやっていない。
というか何もやっていない。
まだ、何も残せていない。
よく考えたら5分で振り返れる気がしてきた。
仕事を辞め、都会を離れ、山と湖のあるところへ引っ越し、
画を描き、文章を書き、Tシャツを作り、フリマに参加し、ムカデと戦い、
漫画を描き、ライブペイントをし、思った以上に人と遊び、カードを作り、
展示をし、映像をやりたいと思い、派遣のバイトをし、
今に至る。
何か忘れている気もするが、何も見ないで振り返ると、
大体こんな感じである。
いろいろやったようで、何も残せていない。
全然違う。
こんなんではない。
でもいい。
今年は、探りの年だったとしよう。
細かい知識も情報もなく、やりたいと思ったことをそのままやる。
何にも媚びず、誰のためでもなく、本能のまま動いた結果。
自分の本能が残したいと思ったものが、これだったということ。
自分の本能は、思ったよりもポップだった。
でもそれは、精神状態によって大きく変わってくるのだと思う。
今年1年、悪いことがなかった。
思ったよりも順調にいってしまったのだ。
自分の想像では、
孤独に耐え、創造に苦しみ、将来に怯え、後悔を繰り返し、
それでも必死にもがき、悩み、潜り、探し出し、えぐり出し、
疲れ果て、それでもやめず、一日一日と魂の欠片を生み出し続ける。
こんな感じだった。
しかし実際は、
まったく孤独は感じず、苦しむことなく創造し、将来の不安や後悔も一切なく、
必死にもがくことなく、悩まず、潜らず、探し出さず、えぐり出さず、
疲れなく、それでもやめず、心地よく生み出したいときに生み出し続けていた。
予定は大幅に変わった。
もっとできた。
8ヵ月もかけ、これだけか。
多くの時間を無駄にした。
しかしそれでも、人生において、
どの8ヵ月よりも長い8ヵ月を過ごすことはできた。
どの8ヵ月よりも生きた実感のある8ヵ月を過ごすことはできた。
でも違う。
求めていたのは、これではない。
もっとだ、もっと。
もっと自分をぶちまけたい。
多分、心の奥底に潜んでいるものは、
こんなにポップなものではないはず。
しかし、それをえぐり出すには、
恐らく精神的に安定していては無理なのだと思う。
では、どうすればいいのか。
東京を離れ、孤独になれば、
精神が不安定になると思い込んでいた。
やはり、離れた場所が、東京に近すぎたのだろうか。
もっと訳の分からない場所に行くべきなのだろうか。
その場合、またお金が必要になってくる。
お金がないことは、多分不安定には繋がらない。
お金がないと、人間は必死にお金を得ようとすることが分かった。
これはこれで、人生においての楽しみの一つにはなるのだが、
何かを「残す」ということにおいては、一つの助けにもならない。
マイナスでしかない。
やはり、お金はある程度持っていないと駄目みたいだ。
来年は、派遣を続けつつ、
何かお金を稼ぐ手段を見つけたい。
結構探したが、これというバイトが一向に見つからない。
現在、23時。
世間は今、どうなっているのだろう。
カウントダウンに向け、いろいろなところに集まっているのだろうか。
この街は、相変わらず静かだ。
僕はその瞬間を、部屋の明かりを消し、窓を開け、
外を見ながら静かに越そうと思っている。
蕎麦は食わないし、酒も飲まない。
というか、蕎麦は食えない。
酒もしばらく家では飲んでいない。
なるべく酒には頼らないようにしようと思っている。
別に年が変わったからといって、
大幅に何かを変えようとは思っていない。
ただ少し意識を変える。
今年は、無駄な時間を過ごしすぎた。
もう少し要領よく生きたい。
何かを生み出す際のスキルはいらないが、
基礎部分のノウハウが欲しい。
本当に導入の導入部分の辺りだけでいい。
僕は知らないことがあまりにも多すぎる。
この導入部分がないと、生み出す作業が始まらないことが多い。
説明書を見たり自分で調べてはみるものの、
そこに載っている言葉の意味がほとんど分からず、
さらに一つ一つ調べていく。
そしてその言葉の先にも未知なる言葉が。
そして、その先も。
ラジオの仕事をやっていた頃から、
リサーチというものがどうにも苦手であった。
とにもかくにも時間がかかってしまう。
知りたいことだけ知りたいのに、
知りたくないことまで知ってしまったり、
知りたくないことまで知らなくてはならない。
そしてその知りたいことも、大抵の場合は知りたくないこと。
でも、それが仕事。
今は仕事ではない。
しかし苦手だ。
本当に現代は、情報が多すぎる。
特に都会は情報の渦にまみれていて、
よくこの中で皆生きていけるなと感心するところもある。
僕は情報から逃げた。
もう少し生きやすくならないだろうか。
現在、23時半。
どこまでが正しい情報で、
どこまでが嘘の情報で、
何が真実で、誰が正しく、誰が敵で、誰が味方か。
誰が誰を陥れようと考え、誰が誰に騙されている。
誰が正義で、誰が悪魔。
誰を信じ、誰を疑う。
自分はこうだ。自分はあれには反対だ。
もういまや、何が何だか分からなくなっている。
全員が全員で踊っている。
今この時代、本当に恐ろしい世の中なんだと思う。
今にも爆発しそうで、今にも全ての人間が狂ってしまいそうで、
今にもこの世界がなくなってしまいそうで、
とにかく必死に今を生きなければならない。
死ぬことはそれほど怖くない。
これを言って、ある人に怒られたことがあったが、
「もはや死んでもいい」という思いでこの生活を始めた。
正確に言うと、「死んでもいい」というよりかは、
「昔ほど死にたくないとは思わなくなった」と言った方が正しいかもしれない。
もともと、「世界一人生を楽しむ」ということを生きる理由にしていたが、
「もう自分の限界まで楽しんだ」と感じた去年辺りから、
そう思うようになっていった。
しかしそう思ったと同時に、「まだ死ねない」という想いも生まれた。
あと一つだけ、やり残したことがあったのだ。
「残す」ということ。
自分が納得するもの、
自分の心にある全てのものを形として残したい。
この最後のたった一つの欲望を満たしきらないと、僕は死ねない。
これは、いつ満たしきれるか分からない。
もしかすると、寿命が終わるまでに満たしきれないかもしれない。
これだけは分からない。
でも、「まだ何も残せてない」と思えた今、
まだまだ僕は生きられるんだと、希望のような想いに満ちている。
さあ、来年も生きていこう。
残していこう。
現在、2012年12月31日、23時55分。
おせちの盛り付けのバイトから帰ってきた。
2012年も終わろうとしている今日、
ひたすらおせちを盛り合わせ生じた腰の痛みなど
どうでもよくなるような人間と出会った。
気が合う。理解者。居心地がいい。心の根底で繋がっている気がする。
そういった人間は何人かいるが、
ここまで思想が近い人間と繋がったのは初めてかもしれない。
名は太郎。
歳は5つほど下。
インドネシアと日本のハーフ。
無職。
彼は3日に一度、6時間ほどしか寝ない。
1日に食べるものはチョコや飴ぐらいで、ほぼ飯を食わない。
何とも羨ましい。
話したのはバイトの休憩中と帰り道ぐらいなのでそこまで話せた訳ではないが、
本とアニメが好きというところ以外は、 ほぼ全て一致、
もしくは理解できるし、通ずるものがあったように思う。
もしかすると合わせてくれた部分もあったのかもしれないが、
それにしても近い。
こんな人間に出会えるとは、派遣も捨てたものではない。
彼にとっても、「残す」ということは、重要な意味を持っているようだ。
映像、絵、写真、音楽、もしくは他のもの。
何か共に残せればと思う。
2013年が始まろうとしている。
全く気付かなかったが、
朝ゴミを出しにいくと、 薄っすら雪が積もっていた。
初雪。
家のすぐ横が、短くも物凄く急な坂になっていて、
これを下らないとゴミを出すことはできない。
早くも3度ほど、転びそうになった。
山に囲まれたこの街は、ほぼ全てが坂道みたいなところなので、
雪のなか駅まで行くのはかなり苦労しそうだ。
自転車は当然使えなくなり、
注意しながら歩いたら40分はかかりそう。
雪のように白い心を持っていたあの頃
全てを黒で埋め尽くされたあの頃
二色が混ざり灰色となったあの頃
僕の心はいま
何色なんだろう
明日はいよいよおせちだ。
早めに家を出よう。
二日連続で入ろうとしたが、
今日は仕事が見つからなかった。
他の派遣戦士たちも、「ここが勝負どころだ!」と思ったのだろう。
予約はすぐに埋まってしまった。
明後日は既に予約したのだが、明日も今のところは仕事がない。
ちなみに明後日の仕事内容は、
「おせちの盛り付け業務」である。
食欲との戦いにもなりそうだ。
そして昨日の仕事は、「PCの製造・検品・梱包作業」であった。
自分が担当したのは、
「流れてくる完成したPCを横の棚に乗せ、電源を繋ぎ、LANケーブルを差し、電源を入れる」
のみ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
これを、延々10時間。
これが、本当に地獄であった。
力もいらず、頭も使わず、小学校1年生でもできる作業を、延々10時間である。
しかしこれだけなら、まだ耐えられる。
金のためと無になれば、やり過ごせる技を学んだ。
一番の地獄は、 PCが流れてくるのを待っている時間。
自分以外の人は細かい組み立て作業をしていくので、
1つのPCを次に流すのに時間がかかる。
よってペースがゆっくりなのだが、自分は30秒。
圧倒的に、作業より立って待っている時間の方が長いのだ。
足がきついのはもちろんのこと、 脳ミソが死にかけていた。
作業をしながら無になることはできるが、
人間は、立ち尽くしたまま無になることはできないらしい。
どんな映像を作るか、みたいなことを考えてみようとしたが、
本気で考え出すと、突然流れてくるPCに対応できなくなってしまう。
しかも自分以外の人たちは、せっせと働いているため、そんなに考え込むことはできない。
ではどうしたらいい。
軽い気持ちで、何を考えればいい。
俺は何だ?
何をしているんだ。
これは何の時間なんだ。
俺のこの作業は必要なのか?
誰かがついでに出来るんじゃないのか?
そんなことより足がいてえ。
座りてえ。
せめて作業をさせてくれ!
何もないのには耐えられない!
俺は何だ!
借り物の靴がくせえ!
地獄だ! ここはこの世の地獄だ!!!!
こういう作業は、自分の中で時計を見ないのが鉄則。
見てしまうと、急激に時間の経過が遅くなる。
今回は目の前に設置されていた。
時計から、時間から、逃げられない。
5分が恐ろしく長い。
地獄の5分!
地獄の10分!
地獄の10時間!!!!
今日は家賃を払ってきた。
2ヵ月分まとめて払ってきた。
月末なので、ここからさらにいろいろ払っていくと、
残りは、13万円となる。
手元とかではなく、全財産である。
しかも、29歳・男・ほぼ無職である。
最近、結婚したり、子供が生まれる友人たちが増えてきた。
自分は、逆行している。
皆は、幸せに向かって突き進んでいる。
自分は、逆行している。
いや、どうなのだろう。
自分も幸せに向かっているといえば、向かっているのか?
いや、違う。
幸せになるためではない。
「幸せ」という言葉には、もはや惹かれない。
皆には幸せになってほしいが、自分はそっちには向かえない。
そっちの道は既に封鎖され、
今は「生きる」という道しか自分には残されていないのだ。
引き返すことは、いくらでもできる。
後ろの方が、道は穏やかだ。
しかし引き返せない。
「穏やか」にも、迎えない。
「穏やか」も、求めてない。
長くなったので、 続きはまた大晦日に考えよう。
大晦日は家にこもり、何時間もかけて、
狂ったように長い文章を書こうと思っている。
そして僕の2013年は、所持金13万円から始まるのだ。
これは、縁起がいいじゃないか。
2012年12月28日 早朝。
-4℃。
地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄地獄!!
この街は静かだ。
クリスマスだろうと年末だろうと、 普段と変わらず時間が流れる。
家にはテレビもなく、 窓から外を見れば真っ暗。
クリスマスの空気は微塵も感じない。
人も、音もない。
昔は意識していたクリスマスも、
今となっては、ただの人生においての一日。
しかし、大晦日だけは少し意識している。
2012年から2013年へ。
この日、この瞬間、 僕は、必ず無音の中、一人で家で過ごす。
この日、一気に2012年を振り返り、 新しい年を迎える。
一人で。
そして大晦日以外の年末年始は、
皆が休んでいる中、 働きまくる。
バイトだ。
日雇いだ。
私は日雇い戦士だ。
今日はあまり寒くないなと感じたが、
外は、-1℃だった。
2012年12月26日、早朝。
だいぶ寒さに慣れてきたようだ。
意外にまだ雪は降っていない。
ミュージシャンにとって、一曲一曲や、CD一枚一枚は、全て自分の子供。
絵描きにとって、絵、一枚一枚は、全て自分の子供。
漫画家にとって、一作品一作品は、全て自分の子供。
僕にとって、一流カード、一枚一枚は、全て自分の子供。
ということで昨日、 僕の300人の息子や娘たちが、
一斉に世に翔いていった。
渋谷Roots「ESSENCE FLEHMEN vol.15 マヤの滅亡予言Special」での、
「一流カード展 THE FINAL」。
この二行を他人が見ても、全く意味が分からないであろう。
そして、友人や知人からもよく分かられていなかったが、
何人かの心優しき人たちは、笑いながら、またはバカにしながら褒めてくれた。
しかし大概の人は、興味なさそうであったり、
ちょっと近づいてみたものの、危険な臭いを察し、
何も見ていなかったかのようにその場から後ずさりしていく。
そんな光景を多々見た。
ちなみに「一流カード」とは…
この世界の全ての生物には、ランキングが付けられており、
その数字によってそれぞれ、「一流」「二流」「三流」の 階層に分けられている。
1位から100位は、一流。
101位から200位は、二流。
201位から300位は、三流。
全人口は、ちょうど300人。
その300人が今…カードになった。
「一流カード」
※カードの裏には、その生物のランキングと説明が書かれているよ。
というものである。
貼り出した300枚の一流カードは、表裏全て手書きであるが、
それとは別に、それをスキャンして取り込みプリントアウトした
同じく300枚の一流カードを販売した。
1セットにランダムに30枚を詰め込み、300円。
中身は開けてのお楽しみ。これを10セット。
結果は・・・1セット!
そして、その購入者は、 ハーバード大学院生だというアルベルト君!
こう見えて年下だ。
さすがハーバード、分かっている。
このプリントアウト作業は、なかなか手間がかかり思ったより大変だ。
しかも、紙代・インク代を考えると、1セットでは大損なのである。
そして、イベントは終了し、クラブに明かりが灯る。
まあ仕方なしかと思っていたら、 最後の最後に怒涛の9セット!
まさかの完売!
全て友人で、お情けも大分あったと思うが、
1人で2・3セット買ってくれるバカもいて、素直に嬉しかった。
中身を開けて、
「こっちいいの入ってねえよー」
「2位きた!2位!」
「三流ばっかなんだけど!」
「交換する?」
「何これ、バカすぎるんだけど!」
とか、そんな会話をしている光景を見ているのが、
何より素敵な時間だった。
ということで、紙買ってプリントアウトすれば永遠に生み出せるので、
もしも一流カードが欲しいというバカな方がいましたら、ご連絡ください。
http://takizawa-yu.weblike.jp/contents/?page_id=1305
今なら1セット300円!(送料別!)