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くそ・うんこ・毒・カス・否定・規制・危険・奇声・下手・差別・被害・自殺・悪口・いじめ・死ね・バカ・二番煎じ・スケベ・狂人・破滅・滅亡・絶望・迷惑・キチガイ・イラつく・後ろめたい・障害・ダサい・偉そう・落ちこぼれ・嫌い・口うるさい・毛深い・他人・つらい・疲れた・敵・マイナス・乞食・死亡・死体・死骸・生意気・偽物・ののしる・半端・変態・変人・悪魔・魔が差す・無視・むさ苦しい・目ざとい・野蛮・ゆとり教育・酔っ払い・乱暴・暴力・劣等感・狼狽・ガキ・グロい・ゲロ・嘔吐・気持ち悪い・ゴキブリ・残念・自慢・ずるい・ダメ・違反・違法・ブス・ブサイク・横暴・わがまま・プー太郎・邪魔

 

「くそったれにこそ愛は向けられる」
「うんこは20000円のステーキからもできている」
「毒のある人はときに魅力的だ」
「消しカスは、自分の文字から生まれ、その文字は自分の脳みそから生まれている。 つまり消しカスは、脳みその一部だ。」
「常に人間は否定と肯定を繰り返して生きるもの。そして死ぬ間際に肯定で終わればそれでよし。」
「規制から逸脱が生まれる」
「危険な男に女は惹かれ、危険な女に男は弾かれる。」
「奇声をあげてストレス発散!」
「下手だけどかわいい」
「差別よくない!」
「被害者になっても恨まない。その前に被害者にならない!」
「自殺をすると人口が減ってしまうからやめてくれ。もっと自分の命を地球規模で考えろ!」
「悪口を一生懸命相手に言う。」
「いじめてもいいけど金を払え!」
「ネガティブよ死ね」
「バカにされると笑ける」
「二番煎じは、三番煎じ四番煎じに比べたら遥かに先を行っている。」
「スケベに幸あれ」
「狂人は強靭」
「破滅は破滅した」
「滅亡しないよう人は皆愛し合った」
「絶望したときが実は人間は一番ワクワクしている」
「迷惑だと言っている自分も迷惑だったことに気が付いた」
「キチガイ」
「イラつくとすごいパンチが出せる」
「後ろめたいけど頑張ります!」
「ボウズ、障害は跳んでもいいし、くぐってもいいぞ。」
「ダサいけどキスがうまい」
「偉そうだけど容姿がすごくいい」
「落ちこぼれなかったら付き合ってあげる」
「ねえ私のこと嫌い?」
「口うるさいけど口臭くない」
「毛深いけどサラサラ」
「他人などこの世にいない」
「つらいことの後の生ビールごくごく」
「死のうとすることに疲れた」
「敵にも友達がいる」
「マイナスのネジはプラスドライバーでは締められない」
「乞食の笑顔」
「脂肪死亡志望」
「死体が1つもない星」
「虫の死骸を埋めて祈った」
「生意気だった」
「偽物よりいい」
「ののしられるといい」
「半端だった頃の話であいつらと飲み明かす」
「私、すごく変態なんです…」
「人間よ変人たれ」
「プリティ悪魔」
「魔よ差せ・・・!」
「無視して勉強勉強」
「むさ苦しい教室に3つクーラーが設置された」
「夜番の二人が野蛮になった」
「ゆとり教育頑張ります!」
「酔っ払いうける(笑)」
「乱暴なことは僕には無理だった(照)」
「暴力よけまくり」
「劣等感のない人間はこの世にいないんだよ」
「あの子が僕の狼狽をとめたんだ」
「ガキの頃憧れていたあの子とまさか寝ることになるとはガキの頃の俺に知らせてやりたいよ」
「ほんのちょっとグロいだけ」
「先生の掌にゲロ」
「私、オートで嘔吐ができます」
「気持ち悪いパス」
「ゴキブリホイホイ」
「残念だが…合格だよ」
「ミニ自慢」
「お前ら、もっとずるく野球をやれ」
「ダメ…」
「スピード違反で逮捕しちゃうぞ」
「ギリギリ違法じゃない」
「ブスっす」
「ブサイク芸人」
「ここです!横暴なやつ、見つけましたー!」
「わがままなんだから。」
「プープー太郎ちゃん」
「邪魔に思うのは集中できていなかったからか」

 

5月

 

まずい。

5月が終わる。

 

このままだと、5月が終わる。

5月が終わると、まずい。

5月が終わってしまう。

そうすると、まずい。

 

 

Tシャツを、もう一枚描いた。

28歳にして、間違えた。
スペルを。

28歳にして、間違えた。

T-7 omote

 

T-7 ura

 

スペルを。

間違えた。28歳なのに。

 

僕は、スペルを間違えた。

僕は28歳にして、スペルを間違えた。

 

5月が終わるのに、僕は28歳にしてスペルを間違えた。

 

 

まずい。

 

 

5月が終わる。

 

 

Tシャツ

 

今がきっと一番いい季節。

もう少ししたら、地獄の夏がやってくる。

地獄の虫だらけの夏が。

 

そんなわけで、今日はTシャツを作った。
というかTシャツに描いた。
いや、Tシャツに描かされた。
気付くと僕は、こんなTシャツを6枚描いていた。

T-1 omote

 

T-1ura

 

T-2 omote

 

T-2 ura

 

T-3 omote

 

T-3 ura

 

T-4 omote

 

T-4 ura

 

T-5 omote

 

T-5 ura

 

T-6 omote

 

T-6 ura

 

1つたりとも意味が分からない。

というか意味などない。

 

人は意味のあるものに惹かれ、
意味の分からないものには意味を見い出し、
意味のないものを意味のないものとして受け入れることをあまりしない。

それは、文章でも映像でも写真でも絵画でも音楽でも。
特に文章だと、それが強い。

僕は意味のないものに、とても惹かれる。

意味のないものには、瞬発力がある。 その一瞬の爆発。

「芸術は爆発だ」、とはこういうことなのか?

別に芸術家のつもりは全くないが、 とにかく、そんなものをいっぱい作りたいし、書きたい。
全く意味のない文章を、ひたすら書きたい。

一文、一文が爆発のような文章。

全く意味などないのに、とにかく読んでて興奮するような文章。

明日、書こう。

 

 

一ヶ月

 

こっちに引越してきてから一ヶ月が経過した。

この一ヶ月、ひとことで言うと、
こっちでの新しい生活に慣れるための一ヶ月、になってしまった。

本来描いていたイメージだと、初日からガンガンに自分を追い詰め、
朝起きてすぐに何か書き出し、書いて書いて書いて、気が付くと一日が終わっている。
今日は一日かけて、物語を書こう。
今日は一日かけて、何か文章を書こう。
今日は一日かけて、ひたすら詩をかこう。
今日は一日かけて、漫画を描こう。
今日は一日かけて、画を描こう。
今日は一日かけて、音楽を聴こう。
今日は一日かけて・・・

と、そんな日々を送りまっくている予定であった。
がしかし実際は、
一日のちょっとの時間だけ、ちょろっと画を描いたり、ちょろっとだけ漫画みたいのを描いたり、ちょろっとだけ文章を書いたり、そんなちょろっと生活だ。

まず一番の原因は、自分を追い詰めきれてないこと。
完全に自由な分、どうも自分を甘やかしてしまう。

そしてもうひとつは、
こっちでの、自分にとっての新しいこの生活に、
なかなか慣れないということ。

夜早く寝て、朝早く起きる。
ゴミを寝る前ではなく、起きた後に出しにいく。
虫がこないように、部屋の風通しをよくするために、窓を全て開けて生活する。
太陽の光を浴びる。
ご飯を3食、自分で作る。
そのために、スーパーまで買いに行く。
頭を使って買い物をする。
毎回、皿を洗う。
お金の節約を今まで以上にする。
常に虫、主にムカデに怯える。
クモの巣を取り除く。
部屋に出現した虫と戦う。

どれも、今までほとんどやってこなかったこと。
これに慣れる。

特に、虫については予想通り、いや予想以上に気を遣わされている。

そのような訳で、気付けば一ヶ月は経過していた。

ちょうど一ヶ月。
これを機に。
明日から。

そう、明日から。

この信用のできない言葉。

 

明日から。

 

 

なめるなよ。

 

スーパー

このまちにある唯一のスーパー、「スーパーまつば」。

僕は、このスーパーに生かされている。

 

家から歩いて約10分。
このまちでは、相当便利な場所に住んでいる。

今日も、ここで買い物をした。
主に食材と、お菓子だ。

 

今まで、移動するときは、交通手段に関わらず、
常に耳には音楽が流れ込んできていた。
それは、家からたった徒歩1分だった、コンビニに行くときでさえ。

今日も、左のポケットに小さなi podを入れ、家を出た。
しかし一向に僕の耳に、音楽は流れ込んでこない。

引っ越してきてから、小さなi podは、
僕の左ポケットに引きこもってばかりだ。

何だろう、
音楽を聴くのがもったいなく感じてしまう。

鳥のさえずり、
川を流れる水の音、
畑仕事をする、おばさんたちの話し声、
子供の走る音、
風の音、
時に無音、

それら全てが、心地いい。
心地よい。

音楽を超える音楽。
美味しそうな空気。
直接降り注ぐ、陽射し。

僕の小さなi podは、
ただ左ポケットに入ってるだけの存在になった。

 

そして移動中、音楽を聴かないもう一つの理由として、
「蜂の接近を察知できない」ということもある。

家の付近はやけに蜂が多い。

蜂こわい。

 

さらにもう一つ、
「車にひかれ死なないように」というのもある。

このまちには、ほぼ歩道がない。
油断しているとひかれる。

そして死ぬ。

 

死ぬのこわい。

 

 

今日は、あじの開きと、にんにくの芽と、豚肉を買った。
ここがなかったら、僕は生きていけない。

 

ありがとう、スーパーまつば。

 

おかしい

山は、
田舎は、
都会より、時間が長いはずだ。

しかし、今日という日は、
あっという間に僕に終わりを告げた。

 

田舎にはトリックがあった。

外にいると、一日はとても長く感じるが、
家の中にいると、びっくりするほど早い。

理由はまだ解明できていない。
とにかく早い。

今日は、何もしていない。
何の記憶もない。
本当に意味のない一日を過ごしてしまった。

 

僕には時間がない。

24時間、365日、お金の続く限りたっぷり時間はあるが、
それでも時間がない。

早くしないと腐ってしまう。
落ち着いてしまう。
穏やかになってしまう。
人が安心できる、優しいものを作りたくなってしまう。

 

その前に。

 

残さねば。

 

 

今の、
20代ギリギリの、
自分を。

 

残さねば。

 

 

 

残さねばねば。

 

 

遊んだ

2日・3日・4日・5日と、連続で遊んだ。

2日・3日は、大学の同級生3人と一緒に、河口湖にあるその友達の別荘へ。 酒を飲み、語り合い、トランプをして、嘔吐し、そのまま眠り、起きて釣りに行き、雨が降り、パターゴルフをし、焼肉を食べ、別荘の片づけをし、トイレを詰まらせ、帰ってきた。 その帰り、送られがてら、初めて新居に人が来て、何故かいろいろと心配された。

4日・5日は、高校の同級生2人がうちに泊まりにきた。 酒を飲み、語り合い、眠り、起きて近くの相模湖にボートを漕ぎに行き、山道を車で走り、川沿いのよい景色のところに行き、釣り堀でニジマスを釣り、バーベキューをして、苦しくなるほど食べ、温泉に行こうとしたが逆に疲れててやめ、帰ってきた。

東京以外の場所で友人と過ごした4日間。

自分の人生において、それなりにワイワイと遊んできたので、
もう、「遊ぶ欲」みたいなものは、ほとんどない。
「遊ぶ」ことは楽しいけれど、東京で遊んでいた頃は、
正直、「もういいかな」、と思ったりもしていた。

楽しいことは楽しい。
でも、自分なりにもう楽しんだからだろうか、
予想を遥かに超えて「楽しい」と思うことは、ほぼなくなっていた。

東京でお金をかけて遊び、 その結果、それほど楽しめてない自分に気付く度に、
「何で僕は遊んでいるんだろう」と感じるようになってしまっていた。

でも、この4日間、楽しかった。

予想以上に。
やはり人が少ないところで遊ぶと、心が開放される。

東京は、僕にとって息苦しかった。

東京で生まれ、東京で育ち、東京で働き、東京で遊んだ。

それが普通だった。 それ以外、考えられなかった。

でも、いつの日からか、東京に違和感しか感じなくなっていた。

遊び、便利さ、ダークさ、お金、密度、せわしなさ、早さ、速さ、新しいということ、関係、気の短さ、探り合い、自分、他人、世間、社会・・・

今回は、せっかくだしということで、多少お金を使ったけれど、
使わなくてもきっと楽しめる。
何もしなくても楽しめる。

この場所は、そして山や湖などの自然は、
何故かそんなことを感じさせてくれる。

遊びはもういいかと思っていたけれど、
これからもたまには遊んでいこう。

 

 

東京以外で!!

 

 

ふと、

ふと思ったのだが、
人間はなぜ1人の人を愛さなければならないのだろうか。

2人以上の人を同時に愛してはいけない。

 

でもよく考えると、
何人もの人を同時に愛せる人の方が、素晴らしいんじゃないだろうか。

人間として好きな人がたくさんいるのは、いいこと。

でも、好きな気持ちが増えているのに、
愛してる人がたくさんいるのは悪いこと。

 

おかしい。

何故、1対1じゃなければいけないのだろう。

 

そうか。

子供を産むからか。

お父さんとお母さんは、1人と1人じゃなければならない。
その練習のためか。

結婚してから、ちゃんと1人の人を愛せるように、
それまで練習を重ねる。

 

結果・・・

 

離婚。

 

なんてことも多々あるのに。

 

じゃあ、「結婚」というシステムをなくせばいいのでは?

「付き合う」というシステムは、
今から100年後、いや早ければ50年後には、なくなると思ってる。

そんなシステム、無意味だから。

人は、付き合うから、
別れがあり、疑い合い、問題が起き、傷つけ合い、最終的に0になる。

「付き合う」というシステムがなければ、「別れる」というシステムもなくなる。

つまり、全員幸せに!!!!

 

なんて、そううまくはいかないだろうが、
本当に僕は、「付き合う」というシステムがない方が
今よりみんな幸せに過ごせると思っている。

付き合わなくても、人は愛し合える。
付き合わなくても、人は結婚できる。

結婚しなくても、子供は産める。
結婚しなくても、お父さんはお父さん。
お母さんはお母さん。
そして、結婚していなければ、離婚もない。

 

こりゃ、結婚もなくなるな。

いや、さすがになくならないか。

何の話だっけ。
まあとにかく、もっとゆるくていい気がする。
いろいろ。

 

人はシステムに囚われすぎている。

 

 

恋の日

今日は5月1日で「恋の日」らしい。

 

人間は恋をする。

動物も恋をする。

 

虫も恋をしていた。

誰だってセックスはする。

誰だってセックスはしたい。

 

僕だってしたい。

 

ただ、恋はしない。

 

疲れるから。

 

もっと他のことで、僕は疲れたい。

 

 

落ち込みたい

駄目だ。

意欲がわかない。

書いても書いてもうまくいかないことは想像していたが、
書く意欲がわかないということは想像していなかった。

何のために書くのか。
どういった形で書くのか。
何を書くのか。

中でも、もっとも大切なことは、 何のために書くのか。
今、ここで考えてみよう。

 

でた。

 

生きるため。

お金に繋げるという意味ももちろんあるが、
その、書いている瞬間、完成した瞬間、人の反応を見て、聞いて、感じた瞬間。
そして、それらにおいて想像を超えた瞬間。
その瞬間にこそ、生を感じる。

もはや、それでしか生きられないはずなのに、 生きようとしていない自分がいる。

ただただ時間が過ぎていく。

 

画は簡単だ。
画なんて描いたことは全くなかったけれど、
何も考えずとも、描けてしまう。
下手くそなのは、誰よりも自分が分かっている。
立体感も出せない、光と影も表せない、情景も描写できない。

当然だ。そんなもの習ったこともないし、 描こうと思ったこともないから。
でも、全く技術がなくとも、画は誰でも描ける。
評価されようと、されまいと。
小学生でさえ、幼稚園生にだって描ける。

 

そう考えると、文章も同じではないだろうか。
どんな下手くそな文章でも、それは文章だ。
小学生にだって、幼稚園生にだって書ける。

ならば、自分にも書ける。

そうだ。
1つ忘れていたことを思い出した。

 

「考えない」こと。

僕は、この世で一番面白いもの、刺激的なものは、
「即興から生まれたもの」だと信じている。

どんなに練り込んだものよりも、
どんなに自分を追い込んで書いたり作ったりしたものよりも、
「即興」ほど刺激的なものはない。

何故か。

即興からは、奇跡が生まれる。
人は、奇跡に興奮する。

-代打逆転サヨナラ満塁ホームラン-
-偶然の一致-
-運命の出会い-
-予言の的中-

興奮。

そうだ。考えては駄目だ。
何も考えず…いや、その瞬間、
キーボードを打ち込もうとするその一瞬前に考えたことを、そのまま打ち込む。
そうしてできた文章。
僕は、それを「即興文」と呼んでいた。 6年前。

ほとんど書いたことなどなかったのに、
自分の一番の特技は、「即興文」だと思い込んでいた。

当時、一瞬、就活をしていたとき、
「特技」の欄に、「即興文を書くこと」と、よく記入したものだ。

 

9割方、書類審査で落とされた。

自分が人事だったら、そんなやつ、即内定だ。

そんなことを、ようやく思い出した。
今でも、自分の特技は、それなのかとも思う。

1つやることが見えた。

即興文なら、目的がなくていい。文章力もなくていい。内容も考えなくていい。
ただただ、手の動くまま文字を打ち込むだけ。

ただそれだけだが、そこから奇跡は生まれる。

 

そして今日は、画を描いた。
このサイトの背景に使えるようなものを、ただただ描いた。

「このサイトの背景っぽく」ということだけを考えて。
目的がなくとも、画を描くならば手は進むが、 目的があると、一瞬で描けた。

 


『日常の混沌からくる背景』

 


『脳内のざわめきからくる背景』

 

果たしてこの画は、背景に使われるのだろうか。

 

画を描くのが楽しいのは、
画を描くのが簡単なのは、
画を描いたことがなかったからかもしれない。

まるで、子供が初めての遊びを知ったような感覚。

 

本当の画描きは、簡単には画は描けない。
本当の物書きは、簡単には文章は書けない。

きっとそうなのであろう。

 

だが、自分は違う。

 

簡単にやってみせる。

 

そして、

 

時には、悩む。