2012/10/15 :撮影
2012/10/15 :撮影
音楽第八作。
「down down」
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彼とは、去年の年末、12月30日のトイレで出会った。
おせち作りの日雇い派遣バイト先の、トイレ。
隣で小便をしていた彼は、
衛生上の理由で手を消毒しないとドアが開かないことを知らず、
ドアの前に立ち尽くしていたので教えてあげると、
「なるほど」と言った感じで颯爽と出ていくが、
トイレのサンダルのまま出ていってしまったのでそれも教えてあげたところ、
仲良くなった。
その日は時間的に大して話せたわけではないが、
それでも異常なほど思想というか精神に、自分と近いものを感じていた。
派遣から見出せた、もう一つの意味。
太郎がやって来た。
お互い、人と遊ぶことにほとんど楽しさというものを求めなくなっているので、
楽しい楽しくないではなく、意味があるかないかとも少し違い、
心というか魂みたいなのが動いたか動いてないか的なことが重要な気がしていて、
一昨日はそんな日であった。
彼と会ったのは、これが二回目。
思い付きで買った食材を思い付きで作った液体の入った鍋に入れ食し、
最近苦手であった酒を体に入れたところすんなりと入ってゆきなかなか調子はよく、
中途半端なまま止まっていた画の続きを共に描き完成させ、
2時間にもわたる太郎インタビューを映像に残し、
共に考えた「人殺しゲーム」という画期的な遊びをトランプで生み出し戦い、
階段で今年3匹目のムカデと出会い、
多くの無言の時間も過ごし、
少々の眠りから覚めると、
彼は元の生活へと帰っていった。
画は、右下が主に太郎さん担当部分。
「人殺しゲーム」は、
共に考え、交互に意見を出し合って生み出せたことに興奮した。
自分には、即興でその場でゲームや遊びを考え出す才能があると思っていて、
今回、同じレベルで人と共に生み出したということに、少々の悔しさもありつつ、
異常な嬉しさも感じた。
たかがトランプのゲームだが、これを出来る人がなかなかいない。
本当に他人と半々で生み出せたのは、初めてかもしれない。
そもそも、これをやろうとする人がめったにいない。
そして映像。
これは編集に時間がかかるのと、
そもそもまともに編集できるソフトを持っていないので、
いずれ形にしようかと。
これは、ほんの一部。
画質の粗さは謎。
やはり他人は他人で、共通する部分も多かったが、
自分が最近考えが少しずつ変わってきたのもありつつ、
共感しにくいところもあったりしたのだけど、
それでも何というか、根底はものすごく近い。
話していく中で太郎くんも同じことを言っていたが、
人は変わるもの。
変わるから面白い。
だからこそ今の自分の考えを、今の自分を残しておくことが重要な気がしていて、
残さなければ変わったことすら忘れてしまうし、自覚することすらできない。
人間の記憶力は、恐ろしいほど退化している。
今は、記憶ではなく、記録する時代。
これも5年後には、全く逆のことを言っているかもしれない。
それでもいい。
過去の自分はいつだって恥ずかしいし、
今の自分も、未来の自分は恥じるかもしれない。
でも恥じるということは、自分が変わっていっている証拠でもあるので、
本当は恥ずべきことではない。
しかしずっと変えたくないものもある。
歳をとるごとに人は、悪い意味で大人になってしまう。
当然、大人なんだから大人にならなければいけないのも分かってはいるが、
全部が全部、大人にならなくてもいいはず。
皆、無駄に全部が大人になっていっているよ。
といった考えも、いずれ変わるのかも。
しかし、
一昨日、太郎くんがやって来たことは変わらない。
そして、ここに残したので忘れることもない。
一昨日、太郎がやって来た。
今日は、地元の友人チエの結婚式二次会。
数年前地元を出てから、地元の友人とほぼ会わなくなってしまったが、
何故かちょくちょく飲みに行ったりしていた唯一の人。
特別仲がいいという訳ではないけども、
何となく居心地が良く、お互いが全く異性として認識しておらず、
気が合わないんだけど気が合うという、変な関係の、変な女性。
二次会の会費は正直きついが、
友人のお祝い事にも行けなくなってしまっては人として終わりだ精神で
参加させてもらってきた。
というか彼女の幸せな顔が見てみたかった。
今まで見たこともないすごく幸せな顔をしていた。
そして彼女は谷間を出していた。
家を出るとき、靴の中に小さめのムカデがいた。
今年2匹目。
ここから約半年、戦いの日々が始まる。
本当はムカデのことなど書きたくないが、
自分の中だけでは抱えきれないので書き留めておく。
戦いはもう始まっている。
チエ、おめでとう。
思えばこの1年、
全くと言っていい程、頭を使っていない。
生み出したものは、
全て直感と感覚と即興でのもの。
頭を使わないと疲れない。
だから、僕は今、全く疲れていない。
1年分の頭の余裕があるのだ。
久しぶりに、頭を使ってみようと思う。
考えなければ、生み出せないものがある。
多分、考えることはそんなに得意ではない。
しかし、決して苦手ではない。
はず。
分からない。
どうだろう。
しばらくの間、1つの事に対して頭を使ってみようと思う。
全くないものを、あるものにする作業。
果たして、生み出せるのか。
これはスライドショーではない。
動画だ。
の、後編。
音楽はこの前作った、「遠くの方」。
遠くの方にいる誰かへ。
映像の全て06
2日働いていないと、少し心が不安になるようになってきた。
これはいい兆候なのだろうか。
このまま人になってゆくか。
それとも、より人から離れたものになっていゆくか。
少し迷っている。
迷っているが、あまり考えないようにしている。
生きていれば、自ずと答えは出る。
頭の中だけで考え抜いた答えより、決断を迫られたその瞬間の自分の行動を信ずる。
そして、その行動を楽しむ。
明日もバイトに入れなかった。
派遣は瞬発力だ。
迷ってはいけない。
一般家庭の引っ越しのバイトと聞いていたが、
いざ蓋を開けてみたら、現場名に「●●刑務所」と書かれていた。
騙されたが、不安と共に少しワクワクする自分もいたため、
敢えて乗っかってみた。
当日、朝から刑務所に向かう。
実際行ってみると、現場は刑務所を囲んだ高い壁の中ではなく、
そのすぐ手前に群がる、刑務所で働く刑務官たちの宿舎であり、少しガッカリした。
庭では子供たちが普通に遊び、
その周りを制服を着た刑務官たちが敬礼を交わしながら歩く、少し変わった空間。
ここで家族で暮らしている人も多いようだった。
高い壁のすぐ横で暮らす生活。
ともあれ、今日は普通の引っ越しバイトの日になるなと思っていたが、
この日僕は、人生で5本の指に入るくらいつらい経験をした。
見るに耐えない無惨な光景。
限界を超えたその先にある世界。
終わりの見えない果てしない旅路。
ひとことで言うと、
すごく大変だった。
1階から3階を何往復したのだろうか。
200…300…体感的には、500往復くらいしたんじゃないかというぐらいの
段ボールという名のゴミの山。
途中から、手と足の感覚がなくなっていた。
何も考えることは出来ず、今にも階段を転がり落ちそうなところを、
手先でわずかに感じる段ボールの重さによって意識を保ち、
本当にギリギリのところで自分で自分を支える、そんな時間が延々と続いた。
働いている最中は、「これは人生で一番つらいかもしれない」と、
わずかに保たれた意識の中で思っていたが、
一日経った今、そのつらかった気持ちは、早くも忘れ去られようとしている。
結局、「疲れ」なんてそんなものだ。
「疲れ」だけじゃない。
「美味しい」だって「気持ちいい」だって、
「嬉しい」だって「楽しい」だって、
人はどんな感情だって、すぐに忘れてしまう。
だから、なるべくそのときの気持ちをリアルタイムで残しておきたい。
しかし、最終的に埼玉の方までとばされ、
3時間かけて終電ギリギリで雨の中帰ってきた昨日、
僕にそんな力は、残っていなかった。
都内の解散だと聞いていたはずが、
結果、駅からもだいぶ離れた埼玉のよく分からないところで解散させられ、
タクシーを使わざるを得ず、
往復の交通費だけで、その日の給料の4分の1くらいが飛んだ。
そんな4月1日。