「あいつは誰だ」

なあ。
あの物陰から見てる、あいつは誰だ。
何でこっちを見ている。
何で、あんな顔でこっちを見ている。
何で、あんな顔をする必要があるんだ。
あいつは、俺らがあいつがこっちを見ていることに気付いていることに気付いているのだろうか。
いや、気付いていたら、あんな顔はできるはずがない。
あれは、それほどの顔だ。
ん?
もしかしたら、元からあんな顔なのか?
それだったら、俺らは謝りにいかなければならない。

やっぱりどう考えてもこっちを見ている。
あの顔で。
やはり、あの顔が元の顔なんだと思う。
俺は最低だ。
なあ、謝りにいこう。
な?
…何で断る。
お前も、どう考えてもバカにしてただろ。あいつのあんな顔を。
おい。何故、無視する。
おい。何で、お前まであんな顔をするんだ。
何なんだ、その顔は。
やめろ。やめてくれ。
そんな顔をするのは、やめてくれ。

ん?
もしかして、流行っているのか。
その顔は、流行っているのか?

その顔は…
流行っていた!!!

 

「明日」

我々は、今を生きている。
明日のことなど誰も知らない。
ということは、当然、明後日のことも知らない。
知ってるのは、今だけ。
明日を知りたい。
どうすればいい。
明日の俺は何をしているんだ。
知りたい。
知りたいが知れない。
もどかしい。
明日が知りたい。今を捨ててもいいから明日が知りたい。
本当に今を捨ててもいいものだろうか。
僕は、隣の人に相談した。

「本当に今を捨ててもいいのだろうか?」

彼は言った。

「何のことですか?」

疑問に疑問で返された。
人間は冷たい。
お前たちに明日はない。

 

「頭が痛い」

ねえねえ、なんか頭いってえんだけど!
助けてくれー!!
そこの君~!!助けてくれ~!!!!
お医者さ~ん!!頭が痛いよ~!!!!!
ズッキンズッキンいってるよ~!!!!
薬ちょうだい!薬ちょうだい!
うっそー、病院休みだー!!!
ちっくしょーー!!!
薬局!薬局!!
薬局のお姉さーん!!薬くっださーい!!!頭痛のくっすりくださーい!!!
うっわ、かっわいい~~!!!!!
お姉さん、かっわいい~~~~!!!!!
お姉さんに抱きしめられたら、頭痛も治りそ~~!!!!
え!?ホントに抱きしめてくれるのー!!
いやっほ~~!!!!
うおおー、超気っ持ちいい~~~!!!!
うっひょー、ホントに頭痛治っちったー!!!!
お姉さん、すっげーー!!!!!
お姉さん、将来医者になったほうがいいよ~!絶対!!!

10年後・・

彼女は医者になった!!

 

「合言葉」

トントン
「合言葉は?」
「あ、合言葉・・・?」
「合言葉を言えなければ、部屋には入れられない」
「あ、合言葉は知らないが、俺は敵じゃない!栗本だ!本当だ、栗本だ!」
「いや、信用できない。合言葉を言え」
「だから、合言葉なんて聞いたことないって!」
「この前、みんなの前でボスが発表したはずだ」
「この前っていつだよ!?」
「一昨日の夜だ」
「一昨日の・・夜?」
「そうだ。一昨日の夜だ」
「一昨日の夜、ボスは旅行に行ってたはずだ」
「間違えた、昨日の夜だ」
「昨日の夜、ボスはパーティーに出ていたはずだ」
「間違えた、今日の昼過ぎだ」
「今日、ボスはまだ寝ている!というか、お前誰だ!怪しいぞ!お前の方こそ合言葉を言ってみろ!!」
「なんだと!・・っと、そうはいかねえ。そうやって合言葉を言わせようとしてるんだろうがな」
「お前、やっぱり知らないんだろ、合言葉?」
「何だと!?じゃあ同時に言うか?」
「いいだろう」
「せーの・・」

ガチャッ
「どうぞ。ボス」
「ご苦労」

 

「あご」

ガタンゴトン。ガタンゴトン。
あ!前に座ってるおっさんのあごがちょっと出てる!
しゃくれってやつだ!
必死に新聞読んじゃって・・しゃくれてるくせにー!!!
あー、だんだん、面白くなってきた。
笑っちゃいそう!
我慢しなきゃ。
ちらっ。
うっわー!!やっぱり、ちょっとしゃくれてる!!
あ、あごに新聞が触れそう・・。
揺れろ。
揺れろ、電車!!
のびろ、あご!!
あと、ちょっとだ・・!!!!
揺れろ、電車!
触れろ、あご!
ガタンッ。

ふ・・触れたーーーーー!!!!!!!!!!!!
あごが、新聞に、触れたーーーー!!!!!!!!!!!!
しかも、読売新聞に~!!!!!!!!!

 

「あくび」

今やってるとこ。
あくびをしたら負けゲーム!
小さな部屋に男が2人。女が1人。
女はまあまあかわいい。
乳も結構でかい!こいつの乳、揉んでみてーーー!!!!
8時間が過ぎた。
まだ誰もあくびをしていない。
したら負けだからね。
だんだん眠くなってきたよ。
あくびしてーーーー!!!!!!
我慢、我慢。
トシが眠そうだ。
いけ!いけ!
するんだ!あくびをするんだ!
15時間が過ぎた。
まだ誰もあくびをしていない。
当然、乳も揉めていない。
26時間が過ぎた。
乳は揉めたが、まだあくびは誰もしていない。
40時間が過ぎた。
トシがあくびをした。
結局トシは、乳を揉めていないまま部屋を出ていくこととなった。

 

「アンパンマン」

おす!ぼく、アンパンマン!!

みんな元気か!?

ぼくは元気だ!なんてったってアンパンマンだからね!

アンパンマンが元気がなくなるのは、顔が濡れたときと、顔を食べられたときだけだよ!

ぼくの顔はアンパンで出来てるんだ!

おいっしいんだよ!

ひとくち食べてみる?

その代わり、ぼくの元気がちょっとなくなるけどね!

はい、どうぞ!

おいしいかい?

お!今日は意外と元気なままだ!

みんなが元気になってくれれば、ぼくは人一倍嬉しいよ!

見てよ、この笑顔!

喜んでいるだろ?

え?いっつもそんな顔だって?

まあ、そうだね!

また来るね!

 

全て

 

このWebサイトの名前を「全て」にしたのは、ほんの思い付きだった。

 

Webサイトの名前、何にしようかな~

…「全て」!

この間、約5秒。

 

始めは特に意味もなく、本当にただの響きだけでというか、
半年ほど前のそのときに、頭にポンと浮かんだだけの言葉。

基本、僕は考えない。

 

仕事のときは、いろいろなことを踏まえなければならないので
ものすごい考えていたけれど、 今は何も踏まえる必要がないので、
何かを生み出すときは基本考えない。

ほぼ思い付き。

そして、ほぼ即興。

 

考えれば考えてしまうほど、 生み出されるものが、
自分とは直結しないものになっていく気がしてしまうのだ。

そして、何よりも自分の直感を信じたいし、その即興感をさらけ出していきたい。

 

さらにもう一つ自分自身が信じるものとして、 「完成能力」というものがある。
言い換えると、修正能力や、後付け能力となるのかもしれない。

基本、失敗をしないのだ。

 

いや、失敗はする。

ただ、その失敗を失敗でなくすることができる。

 

あくまでも自分の中でだが、
この生活を始めて、恐らくボツにしたものが一つもない。

例えば、僕は画が下手なので、
画を描いているとにじんでしまったり、ズレてしまったり、
思っている通りに描けないことが多々ある。

しかし、その失敗を利用して、画を完成させていく能力がある。

 

それは、常に完成図の見えていない状態で即興で描いているからであり、
失敗して当然だと思っているから失敗を恐れていないからであり、
必ず修正できるという不思議な自信があるからである。

 

文章を書くときも、何も考えずポンとタイトルを決めれば、
その文章を完成させられる自信がある。

当然、この文章もどう書こうか考えずに書き始め、
どう締めくくるか考えないまま書いている。

 

「全て」という言葉も同じ。

普通に考えれば、特に珍しくもないよく見る言葉だ。

しかしそのときの僕は、一瞬でこの言葉が好きになり、
一瞬でこの言葉の可能性を感じ、
後付けで、この言葉に意味を持たせていこうとしている。

 

直感は間違っていなかった。

 

僕は、芸術家ではない。

芸術という言葉すらよく分からないし、
芸術という言葉に縛られたくもないし、
芸術に自分というものが、かっちりと当てはまらないとも思っている。
そもそも、芸術的なものを作りたいと思っていない。

では、自分は何を作っているのだろうか。

 

「作品」。

 

少し違う。

そんな、大それたものではない。

いや、自分の中では大それてはいるのだが、「作品」と呼ぶにはおこがましいだろう。
それほど気高いものでもない。
作品ほど、ビシッとしていない。
そして「作品」という言葉にも、収まりたくないという気持ちもある。

「作品」という言葉では、言い表し切れていない気がするのだ。

 

そこで、ものすごいしっくりくる言葉として、「全て」というものがあった。

サイトの名前を「全て」にすることは半年前から決めていたが、
これに気付いたのは、ここ最近。

 

自分は何をやっているのか?
自分は何を作っているのか?
自分の肩書は何なのだろうか?
自分は何をしたいのか?

それら全ての答えが、「全て」だった。

 

自分は、「全て」をやっている。
自分は、「全て」を作っている。
自分の肩書は、「全て」だ。
自分は、「全て」をやりたいのだ。

 

「全て」と言っても、「この世の全て」という意味ではない。

自分の中の「全て」。
自分の可能性の「全て」。
自分の今の「全て」。

いや、そういった「全て」を説明する言葉すらいらない、「全て」。

もう、「全て」という言葉だけで、全てが成り立っている気がしたのだ。

 

といったように、この「全て」という言葉も、
完成能力という名の後付けにより、意味を見出すことができる。

 

とても人には理解し難いと思う。

何を言っているんだと思われていると思う。

 

でも、それでいい。

 

今は、それでいい。

 

いつか、思い付きで決めたこの「全て」という言葉に、
さらに大きな意味が出てくることになる。

 

出てこさせなければ。

 

 

もっと、「全て」を生み出していかねば。

 

 

 

 

 

 

アルバイトをどうしよう。

 

 

 

 

3つ

 

アルバイトに3つ落ちた。

 

全て、バーや焼き鳥屋などの飲食店。

恐らくの理由としては、
「住んでる場所が遠い」、
「長く続ける気がなさそうだ」、
「29歳にもなってアルバイトって…」、
「見た目がとても怪しい」、
「面接に髭を生やしてきやがって」、
「社会不適合者なんじゃないだろうか…」、
「言っていることがよく分からない」、
「日本語が不自由だな」、
「キチガイかもしれない」、
などであろう。

僕は、間違っていた。

 

僕が選んだバイト先は、全てカウンターがあり、
お客さんと対話できるお店であった。

それは、普通の接客業ではきっと耐えられないと思ったので、
アルバイトの中にも楽しさを求めてしまったからだ。

そもそもそれが間違っていた。

 

楽しさから離れ、楽しさに限界を感じ、この生活を始めたはずなのに、
また自分は自然と楽しさを求めてしまっていたのだ。

違う。

そうではない。

 

3つのバイトに落ち、気付かされた。

 

安らぎを求めてはだめだ。

もっと自分を追い詰めて生きなくてはだめなのだ。

 

アルバイトにも意味を。

アルバイトの中でも生きなければ。

 

では、どうすればいい。

 

二択だ。

完全にお金のことだけを考えて、「作る」ためだけに働く。

「作る」ためになるアルバイトをする。

新たな刺激を求め、全く未知なるアルバイトをする。

アルバイトをしない。

 

四択だ。

 

ただ3つのアルバイトのうち、1つは少し待ってほしいと言われている。

これは断わられた可能性が高いが、本当に少し間を空けたいのかもしれない。

まだ分からない。

 

五択だ。

 

ただ結果は決まっている。

自ずと導かれていくはずだから。

 

 

しかし、そうも言っていられない。

 

金がないのだ。

 

そしてこのタイミングで、Webサイトが完成した。

 

これは、何を意味しているのだろう。

 

きっと意味がある。

 

意味は自分で作るもの。

意味は自然と作られていくもの。

 

二択だ。

 

 

このサイトにも、きっと意味がある。

このサイトにこそ、意味がなくてはならない。

 

しおりさん、サイト制作ありがとう。

 

このサイトに全てを残してゆきます。

 

 

 

さあ、この追い込まれた状況を必死に楽しんでゆこうか。

 

 

 

 

 

アルバイト募集中。