誕生日はおめでたい。
誰が決めたのであろうか。
僕は、未だに誕生日のおめでたさがいまいち分からない。
この世にとある人間が誕生したその年のその日に限っては非常におめでたいが、
その年以降の誕生日は別におめでたいとは思わない。
単純に、生まれてきて1年、生まれてきて2年と、
キリがいいだけの日のような気がしてしまう。
「おめでとう」と言ってもらえるのは嬉しいし、
プレゼントをもらえるのも嬉しい。
自分がもらう「おめでとう」に対しては、 心から「ありがとう」と思えるが、
それは、「おめでとう」をくれる人が本当に「おめでとう」と思っている気がするからだ。
自分では決しておめでたいとは思っていない。
だから人の誕生日に、 心から「おめでとう」を言うことを僕はできない。
それは、本当におめでたいとは思えていないから。
何となく社会に合わせて友人の誕生日はお祝いしてきたけれど、
完全にその時の僕の顔は引きつっていると思う。
必死でおめでたいのだと思い込み、出来る限りおめでたい顔はしているつもりだ。
友人が結婚したらおめでたいし、
友人に子供が生まれたらおめでたいし、
友人が何か成功したらおめでたいけれども、
誕生日だけは、やはりそんなにおめでたいと思えない。
そして、そんな僕が昨日29歳になった。
おめでとう、自分。
おめでとう、「29歳・無職」の自分。
