ピープル

生活が狂った。

今度は早く寝すぎたようだ。

こんなことに囚われている場合じゃない。
しかし、なかなか思ったようには進んでいかない。
自分を追い詰めきれない。
こちらに住み始め、一週間が経った。

やはり、人と関わらないと、なかなか感じることが少ない。
感じることがないと、創作意欲もわいてこない。
しかし、人と関わり出すと、多々面倒なことも増え始める。
時間は貴重だ。

理想では、月に1回。
いや、月に2,3回ほど、人と関わっていくこと。
それ以外は、一人でいい。

 

藤野に出会ったのは、2011年7月6日。
本当に偶然だった。

水曜日、自宅での仕事は残っていたが、
たまたま仕事が連続で休みになった。

周りが旅行に行ったりしていたのもあり、
何となく、本当に何となくなのだが、
どこか違うところで残った仕事をやろうと思い立った。
パソコンがあれば、どこだって仕事はできてしまう。

僕は路線図を開き、目をつぶった。

何となく、この付近から離れた場所。
左上の方か?
せーっの・・・ここ!

と、僕の右人差し指が差していた場所、それが藤野だった。

初めて聞く、地名。
初めて見る、地名。
まあいい、行ってみよう。

僕は、PCを持ち、電車で藤野に向かった。

 

一目惚れだった。

そこには、お店や人はほとんどなく、ただ、山があった。
一目見た瞬間、「ここに住みたい」と思った。

よくよく調べてみると、藤野 -芸術のまち-と書かれている。
僕は、来るべくして、ここに来たんだろうか。

とあるチラシを見ると、
よく分からないが、少し登ったところにある「ふじのアート・ヴィレッジ」というところで、
毎月末に、「エレファントマーケット」というものを開催しているらしい。

 

そして7月の末、僕は再び、藤野に来ることになる。

そんなこんなで、藤野に住み始めるまで6,7回は来ているのだが、
そのうちの4回ほど、アート・ヴィレッジにある、JAMIBARにお邪魔している。

そこにいたのは、60歳前後のピープルたち。
うちの父親と同い年ばかり。
そんな人たちと、一緒にお酒を飲んだ。

そこには、何もなかった。

ちょっと喋っただけでも、すぐに感じた。
かけひき、妬み、ずるさ、意地悪、表、裏、嫌悪、邪心、怒り、苛立ち・・・

そういった東京に渦巻いていたものが、ただの1つもなかった。

考えなくていい。難しくない。ただただ、そこに存在しているだけでいい。
そこに存在しているだけで、意味があった。

この人たちとの出会いも、ここに住むことを決定づけた、1つの要因でもある。
この人たちとなら関われる。
関わっていける。
関わっていきたい。

別に何があったわけではないが、自然とそう感じていた。

 

そんな人たちが集まる、エレファントマーケットが明日、開催される。

ここに住み始めてから、敢えてまだ会いに行っていなかったが、
明日行ってみようと思う。

 

何かが動き出すかもしれないから。

 

 

生活が直った。

一日寝ないで夜9時くらいに寝る作戦をとり、見事に朝6時に起きれた。
もう、なるべく崩さない。
この方が、一日をより長く感じられる。

ただでさえ東京の3倍も長く時間を感じられる、この場所。
朝早く起きれば、さらに3倍。
そして自分はまったく仕事をしていないので、さらに5倍!

つまり今、僕は人の45倍長く生きれているのだ。

 

ただ、お金は一銭も入ってこない。

 

いつまでもつか。

 

昨日は、眠らずに朝、相模川を挟んで反対側まで自転車で行ってみた。
けっこうな距離、車道というか山道を、ちっちゃい自転車で漕いで漕いで
真逆のところまで行ったら、うちが見えた。

真ん中へんの上の方の白いのがうちだ。
僕は、こんなところに住み始めたのか。

 

そして、画を描こうと思い絵具の筆を探すが、
藤野に文房具屋はなく、 隣の相模湖駅まで電車で行き、筆を買った。
家から駅まで20分。
電車も1時間に2・3本のため、運悪く逃すと、さらに2・30分待たなければならない。
電化製品や家具となると、さらに30分かけて八王子まで出なければお店はない。

ちょっとした買い物にもひと苦労だ。
だが、不思議と苛立ちはない。むしろ、しっくりきている。
今までが便利すぎたんだ。

僕は、便利さに苛立ちを感じていた。

欲しいものは何でもすぐ手に入る、
美味しいものもいくらでもすぐに食べられる、
観たいもの、聴きたいもの、楽なこと、便利さ、最新型・・・
全てに違和感を感じていた。

地デジ化してから、一切テレビは観てないし、
パスモやスイカも持ったことがない。
ゲームもスーパーファミコンまでしかやっておらず、
美容室にも2・3年行っていない。
携帯もパカパカする分厚いやつだ。

でも、何ひとつ、不自由じゃなかった。

十分なんだ。
人は求めすぎる。
こんなのキリがない。

 

そんなことを考えながら、
今日は画を描いた。

3枚。

 

『みな、山へ急げ』

『虫こわい』

『土族』

 

 

クモの巣

駄目だ。

もっとだ。

もっと自分を追い詰めなければ。

 

こんなんじゃ意味がない。

 

明日で、全ての準備を整える。
そして、始める。

ここは、クモの巣だ。

そして俺は、巣に引っかかった虫。

身動きが取れず、もがき苦しみ、どうにか巣から抜け出す策を考え尽くすのだ。

じゃあ、このクモの巣を支配しているクモは誰なんだ?
もがき苦しむ俺の姿を見て、笑っているあいつは誰なんだ?

 

俺だ。

巣にひっかかりもがいている俺を真ん中からニヤニヤと見つめる、クモ。
それも俺。

 

そして、巣に引っ掛かった虫も、実はわざと引っかかっているのだ。
わざと絡まり、わざともがいているのだ。
その、わざともがくクモを見て、実は心の奥底でニヤついているのも俺。

そして、この2匹のクモは、別の獲物が引っかかるのを、待っているのだ。

 
いびつな巣を作り、待っているのだ。

 

 

生活が直らない。

 

 

 

 

 

3日目

3日目が終わった。

どうやらうっかり寝てしまったみたいで、
そして、うっかり短時間で起きてしまった。

こうなるとなかなか寝にくくなる。
現在、深夜4時。
非常に寒い。

4月でこんなに寒いのか。
窓から冷たい空気が染み込んでくる。
タオルケットにくるまっている。
それでも寒い。

静かだ。

この時間、世界は無音になる。

もうしばらくすると、小鳥たちがさえずり出すだろう。
小鳥は何のために鳴くのか。
人は何のために泣くのか。

僕はなかなか泣かない。

最後に泣いたのはいつだろう。
思い出せない。

ドラマや映画で泣いたことは、多分1回しかない。
ドラマ「ルーキーズ」だ。
どんな映画やドラマや音楽でも泣いたことがなかったのに、
僕は「ルーキーズ」で泣いた。

しかも、マンガで一度読んでいてストーリーは知っていたのに、泣いた。
しかも、大して泣いてない。
ちょっと泣いた。

別に大した話ではない。
というか内容も覚えてない。
何故かあの時期、自分の心が弱っていたようで、それがきっと何かと結びついて、
涙となって流れ出たのだろう。
何故、心が弱ってたのか、どのシーンで泣いたのか。
まったく覚えていない。
ただ音楽は覚えている。

GReeeeNの「キセキ」。

あの曲に、何の思い入れもない。
彼らに、正直何の興味もない。
何人組なのか、バンドなのか、何歳なのか。
何も知らない。
ただ、あの曲のサビが流れた瞬間、僕の心は液体化したのだ。

今、聴いても、何とも思わない。
声高いなーとは思う。

恋人と別れても、嬉しいことがあっても、哀しいことがあっても、
僕の目は、めったに涙を流さない。
僕の心は、めったに震えない。

心を震わせたい。
人の心も、自分の心も。

別に泣かせたい訳じゃない。
泣きたい訳でもない。
むしろ涙とは無縁のところでやっていきたい。

人が想像をする。
想像以上のことが起こる。
もしくは、想像と全く違うことが起こる。
または、想像が追いつかなくなる。
興奮する。
何だか分からないけど、興奮する。
やばい。ダメだ。どうしたらいい、この気持ち!!

そんな気持ちにさせたいし、自分がなりたい。

そういった意味で、心を震わす。
そのために、ここに来た。

 

もう、何かを作ることでしか、心は震えなくなってしまった。

いろんなジャンルで、自分の中での限界には達した気がする。

「楽しいことなんていくらでもあるよ!」

きっとあるんだと思う。
でも、それはきっと、ある程度。
恋愛も、遊びも、今までの仕事も、生活も、
これ以上、大幅に上回ってくることがないように感じてしまった。

それは、自分の力不足でもある。
自分の持つ力では、もう、これらのジャンルで超えていくことは、恐らくない。

 

小鳥が鳴き始めた。

朝だ。

まだ生活は直らない。

 

最後の欲望を満たすため、明日も生きる。

さあ、眠ろう。

 

2日目

ある程度、荷物を整え終わった。

いまだ、朝夜逆転生活が続いている。
まずは、これを直さなければ、だめだ。
ここでは生きていけない。

藤野では、夜7時にはほぼ真っ暗になり、
懐中電灯がないと、歩くのがちょいと厳しい。

逆に朝は早い。
朝5時には、世界が動き出す。

目標は、夜12時に寝て、朝7時に起きる。
遅くとも、夜1時には寝て、朝8時には起きよう。

もともと夜型人間であり、特に働き出してからのこの6年は、
人類と真逆の生活を送っていた。
朝7時~9時に寝て、起きるのは大体午後3~4時ごろ。
そこから仕事をして、朝になり、眠る。
そんな生活を6年間続けてきた。

1日が、本当に短かった。
何ともったいない生き方をしてきたのだろうか。

今日からは、1日17時間をフルに使う。
眠る7時間ももったいないが、そこは我慢しよう。
トイレと風呂の時間ももったいないが、そこも我慢しよう。
食事すらもったいないが、そこも我慢しよう。

あとは自由だ。

17時間フルに使う。
風呂とトイレと食事を引くと、16時間。
16時間をフルに使う。

僕は欲が少ない。
物欲もほぼないし、美味しいものを食べたいという欲もほとんどない。
そんなのは、おじさんになってからでいいと思ってる。
おじさんになってからも、もしかしたら湧いてこないかもしれない。
おじさんになってからのことは知らない。
おじさんまで生きれるかも分からない。

と言いつつ、もう、おじさんも目前だ。
急がねば。
焦らずに、しかし急いで生きよう。

この生活も、いつまで続けられるか分からない。
なにしろお金がない。
一銭も入ってこないのだから。
減る一方だ。
貯金もそこまである訳じゃない。
この歳にしては、多分かなり少ない方。

それでもやるしかなかった。
これしか生きる道がなかった。
もう、我慢する時代は終わった。

人はみんな我慢をして生きている。

と、言うが、
本当に人は、我慢するべきなのだろうか。
我慢しなくていいんじゃないだろうか。
我慢したまま死んで、それで幸せだろうか。

僕はもう我慢しない。
限界まで。

ただ、バイトはしなければならないだろう。
でも、我慢はしない。
どうにかして、我慢しないでバイトをするという離れ業をやってのける。

他の欲が少ない分、
僕には、「生きる欲」という欲が、めちゃくちゃに強いみたいだ。
最近分かった。

さあ、今日も生きよう。

このまま寝ずに、まずは生活を直そう。

 

そして、物干し竿と、食器置きと、ゴミ箱と、ホウキと、台所スプレーと、カーテンと、炊飯器と、上着かけと、イスを買いにいこう。

これは、物欲ではない。

 

必需品だ!!

 

2012.4/19

鳥のさえずりが360度にわたって、響いている。

それ以外は何の音もしない。
車の通る音も、人の話し声も、人の足音も。

これは嘘でも夢でも何でもなく、完全なる現実。
自分で考え、自分で選び、自分の足でやってきた、現実。

ここに至るまでの過程はそんなに覚えていない。
気付けばここを選び、気付けば東京での仕事、東京での暮らしを辞め、
気付けばここにいた。

ここにいる。

アートという名の運び屋が運んできた荷物をある程度整え、朝を迎えた。
今想うと「アート」という業者を選んでいたのも、必然だったのかもしれない。

いや、「アート」とか「芸術」という言葉は、正直、あんまりどうでもいい。
アートをやりにきた訳ではない。
ただ、作りたい。
この世に残すべく、「作品」を作りたいんだと思う。
いや、「作品」という言葉が正しいのかは分からないけれど、
多分、その言葉が一番近い気がする。

僕は、作品病だ。

28年間生きてきた。
今、この28年を振り返ってみると、自分は、常に作品を作りたい欲に渦巻かれて
生きてきていたように思えてくる。

友達と遊んでいるときも、仕事中も、食事中も、飲みの席でも、会議中も、歩いているときも、部屋にいるときも、電話中も、メール中も、電車の中も、自転車の上でも、寝ているときも。

常に何かを作ろうとしていた。
これは、病気だ。
その病がパンパンに膨れ上がり、ついに、限界を超えた。

そして、ここに来た。

病人として。

病人は社会ではなかなかうまく生きていけないようだ。
病人が病気を治すためにここに来た。

いや、治すのではない。
最も病人が発病していけるところに来た。
ここなら、いくら発病しても大丈夫。

そんな場所。

藤野には完全に導かれた。
これは導かれた以外の何でもないと思う。
だから、迷いは一切ない。

仕事もないし
お金もない。

だが、不思議と迷いは一切ない。

病気だから。

 

僕は、ワクワク病だ。

人生で今が一番ワクワクしている。

人生を半分に分けたとすると、多分ここが折り返し地点。
今日までの人生と、今日からの人生。

当然、今日からの人生に軍配は上がるわけだ。

軍配を上がらせるためには、
とことんまでにやり込まなきゃだめだ。
1分1秒も無駄にしない。

今までの8倍生きる。

残して残して残しまくる。

僕は、残しまくり病だ。

しかし、悔いだけは残さない。
残る気がしない。

残さず食べきる。

いただきます。

 

さあ、生きよう。