振り返りたくないけど振り返る。
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いくつか抜けてるかもだが、大体こんな感じ。
恐らく3分の1か4分の1くらいは東京にいなかったように思う。
2014年が始まって少し経ち、これからの怒濤が目に見えたとき、
今年は考えるのをやめようと決めた。
自分のことは考えずこのでかい波に飲まれ流され流れてみたとき、
自分は何を想うのか、何かを感じ、何かが分かるのか知りたかった。
少し立ち止まり自分のことを考えそうになっても、
無理矢理押さえ込み、ひたすら考えないを続けた。
そして、2014年が終わる。
今年は本当に考えなかった。
考えろと答えを迫られても、考えなかった。
何のこだわりかは分からない。
でも考えないことできっと何かが見える気がしていて、その考えないが終わる今日、
考えなかったことで何が見えているか考えてみるが、
何も考えてこなかったため、今、何もない。
唯一分かったことといえば、
考えずに生きていくのはよくない。自分には向いてない。
ということだろうか。
この一年、日本のいろんなところに行き、たくさんの人間と触れ合い、
多くのことをしたはずだが、
何も考えていなかったから、ほぼ何も残っていない。
日に日に記憶力がなくなっていく。
これはこの現代社会のせいで全ての人間の記憶力がなくなっているかと思っていたが、どうやら違うらしい。
自分だけらしい。
昨日、一昨日のことはもちろん、もはや数分前のことすら覚えていなくなっている。
何かをしようと動くが、すぐに何をしに動いたか忘れる。
持っていたものをいったんどこかに置き別のことをしようものならば、
そこから1人で大探索が始まる。
誰かとした会話、誰かと触れ合ったこと、誰かにしてもらったこと、誰かとしたこと、こんなにもかというくらい覚えていない。
数年後が本当に恐ろしい。
どうなってしまうんだろう。
原因は何だろう。
過去に興味がなさ過ぎるのか。
今を生き過ぎているのか。
周りが見えていないのか。
単純にものすごい早さで老いているのか。
分からないけれど、
とにかく数年後の自分には記憶というものがほとんどないんだろうなと思う。
少し寂しい。
もしかしたら他の人間とずれてしまっているところは、ここなのかもしれない。
例えば、今の自分は「楽しい」ということにほとんど興味がない。
でも一般的に人は、楽しさを求める。
それは、「楽しい」を覚えていられるからなのかもしれない。
僕は楽しいことがあっても、その楽しさなんて一瞬ですぐ忘れてしまうからという理由で、「楽しさ」を求めなくなった。
人はその「楽しさ」をずっと覚えていられるんじゃないだろうか。
それならばすごい納得がいく。
僕は次の日には忘れてしまう。
この違いなのかもしれない。
ということは、
もし自分にもっと記憶力があれば、もっと楽に、普通に、楽しく生きてこれたのかもしれない。
よかった、記憶力がなくて。
楽で、普通で、楽しく生きてこれなくて。
さて、もっと普通に生きていけなくなるにはどうしたらよいだろうか。
2015年。
まず、いっぱい考える。
来年はとことん考える。
考える事で、一年を長くする。
考え、そして行動に出る。
来年中に一つ大きく動く。
今年、全国各地に仕事で行き、
というかもう気付けば完全に「仕事」になっていた。
研修をし、物件を捜し、人を集め、人と知り合い、店を作り、OPEN準備をし、
宣伝し、OPENさせ、新たな店をつくり、中身を話し合い、中身を考え、準備をし、
作り、研修し、OPENし、それを全国各地で繰り返し、2014年は終わった。
5店舗ぐらいだったお店が、全国で17店舗に増えた。
まだ、全くもって社会は変わらない。
もし47店舗になれば、社会は少しは変わるのだろうか。
とにかく各地をまわり、いろんな土地を知った。
しかし、自分にしっくりくる土地は一つもなかった。
藤野に初めて訪れたときのあの感じは一つもなかった。
最近また、どこかに行きたくなる。
全く違う環境で、全く違う場所で生きていきたい気持ちにふとなる。
多分いつか僕は海外に住むんだと思う。
まずは日本を全部知り、自分にしっくりくる土地があればそこに、
一つもなく日本じゃないと分かれば見切りをつけ海外に。
今はその下準備期間。
なんかそんな気がしている。
2014年。
彼との距離は近づいた。
この会社を訪れほぼ一年が経つ日、
僕は早朝の福岡の土地で、変な空気の中、彼と二人で山笠を見ていた。
それから何度か、共通のことを共通の場で考えた。
でもまだ多人数。
二人でなければ意味がない。
そして同等でなければ意味がない。
0からの始まりでなければ意味がない。
まだ彼1と多数の図式。
ある程度決まったものを詰めていく作業。
ここまでくるのも一年かかるのか。
もう少し近いと思っていたがなかなかに遠い。
今年も駆け抜けた。
この会社に来てからはずっと駆け抜けている。
他の仕事に比べたら、割と仕事とはかけ離れているはずだけど、
それでも自分にとってはやはり仕事で、
もっと仕事じゃなく仕事をしたいなと思ったりもする。
と、立ち止まって考えてみると、
いろいろと考えられる。
来年への予行練習。
考えるのは疲れるけど、疲れない人生で楽して死にたくないので、
考えることから逃げない。
疲れることから逃げない。
面倒くさいは、人類最大の敵なのだ。
ものすごい疲れて、大爆笑しながら大の字で死ぬのだ。
もしくは全てをやり切ってガッツポーズでもしながら、宇宙に飛び込んで死ぬのだ。
でももし、
やりたいことを作りたいものだけを同じ志の人間と笑い転げながら作り生み出し続け、社会がざわめきどよめきガラッと変わり自分にとって生きやすい社会になったら、
考えなくても、記憶力がなくても、疲れなくても、楽しくても、
いい気持ちで生きられるようになるのかなあ。










