ライブペイント

 

8/25(SAT) [ESSENCE FLEHMEN 2nd Aniv.]

この日、ライブペイントを行ってきた。

4ヵ月前まで画など描いたことのなかった自分が、
人様の前で、見せ物として、生で、画を描いたのだ。

これはすごいことだ。

 

いろいろと何を描こうか考えようともしたけれど、
考えてしまうと生の楽しさが感じられなくなってしまうという結論に自分の中でなり、
無の状態で現地へと向かった。

ただ1つだけ、ぼんやりと考えていたことがあった。

「みんなにも描いてもらおう」

 

僕は、画にしろ文章にしろ、
まったくの無の状態から生み出していくのも結構好きである。

ただ、得意なのは、
あるほんの少しの材料を与えられ、
そこからグワワワと広げていく方なのだと、自分では思っている。

それも、ただ与えられるのではなく、 突然ぶち込まれる方。

画を描くときは、基本、ゴールを決めない。
ゴールを決めて、そこに向かっていくことには、 あまり面白みを感じられないから。

描く過程も楽しみたい。

描いているその瞬間の自分にもゾクゾクしたい。

 

大体、画を描くときは、
まず画用紙に、適当に線や丸やグシャグシャッとしたものなどを、
頭は「無」の状態で、手に描き出させる。

そしてその画用紙の物体を見つめ、 そこからイメージを広げていき、
またはさらに無の状態を続けつつ、 画を完成させていく。

このパターンが多い。

 

文章を書くときも、基本、ゴールを決めない。
よくやるのは、これまた無の状態で、 その無から突然頭の中に浮かんできた言葉、
それをタイトルに決め、そのタイトルから一気にイメージを広げ、
またはずっと限りなく無の状態で、文章を完成させる。

これをやるときは、大体うまくいく。
自分の中でだが。

とにかく、考え抜くいてそこを目指すより、
ぶち込まれて、もしくは自分でぶち込んで、
そこから即興で広げ作り上げていく方が得意であり、楽しいし、刺激的だと思っている。

ということで、今回もその戦法をとった。

 

まずは、無の状態から、手に生み出させる。

 

今回は、こいつだった。

そこからも、基本は何も考えず、手の動くまま。

みんなにもぶち込んでもらう。




恐らく10人ぐらいにぶち込んでもらったと思う。

そして、想像していた以上に、皆、ぶち込んできた。
途中少々焦ったが、 基本は皆、自分より絵が上手いから、問題はなかった。

そしてここから、完成に向けて、
みんなのぶち込みを利用しつつ、鬼のように描き足していき、



(となりの人が完成。うまい。そして紙が綺麗)

 

時間がなかったので、余ったところは文字で埋めて…

完成!

 

『生牡蠣を喰らう』

 

 

決して上手いとは言えないだろうが、
この生々しい感じがとてもよい。

一人でというよりみんなで描きあげた、
完成の見えない、ゾクゾクする、まさにライブなペイントであった。

この大切な画は、
家に持ち帰り、部屋の壁に貼ろうと思う。

 

しかし、家に着いたとき、
何故か、僕の手にその画はなかった。

 

僕は帰り道に、

 

画を失くしてしまった。

 

 

 

 

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