以前、バイトの面接を受け、保留となっていたBARから連絡がきた。
「一人欠員が出たので入れないか」
ついにこのときがきた。
と思ったが、その条件が、週6日出勤。
これはさすがにきつい。
これでは何もできなくなってしまう。
しかし生活していくだけならまだしも、
映像制作をするためには、これぐらい働かないと無理なのも事実。
しかし週6では、仕事を辞めた意味がなくなってきてしまう。
なかなか都合よく働くことは難しい。
社会はそんなに、都合よくできてはいない。
次がっつりと社会と関わることがあるならば、
それ相応の覚悟が必要だ。
まだ、そのときではない。
そしてきっとBARではない。
しかし、このタイミングできたということにも、何か意味があるはず。
断わるのが、どう考えても正しいはずなのだが。
その選択に、意味はあるのか。
一昨日も行ってきたのだが、
派遣のバイトが気楽に感じるようになってきた。
社会との関わりが最低限で済むからだ。
別に社会と関わりたくないわけではない。
関わるからには、時がきたときに、しっかりと関わりたい。
中途半端なまま飛び込むと、あっという間に溺れてしまう。
それほど、社会の海は深い。
そして、危険だ。
今はまだ、浅瀬で佇んでいたい。
そうも言ってはいられないのだが。
そろそろ来月の家賃を払わねば。