会社をやめた10の理由

2021年12月をもって、リアル脱出ゲームを制作/運営する株式会社SCRAPを退社した。

2014年に入社してから約8年。長かった。

これまでに何度か辞めようと思ったことはあったけども、決定打がなく、そして忙しいながらも居心地の良さや会社への愛もあり、気付けば8年もの月日が経っていた。

最終的に決定打という決定打はなかったものの、色んな要素が急激に重なり、結構急に「あ、辞めよう」と思い立ち退職を告げた。

そう感じたときからしばらく経ってしまったのもあり辞めた理由を言葉にするのはなかなか難しいけれど、いずれ振り返ったときに忘れないよう書き記しておこうと思う。

多分10こくらいに収まる気がする。


■その1「モチベーションの急低下」

10このうちの結構大きい部分がこれ。
一度、2019年に大きな波がきた。
今までものすごいたくさんのリアル脱出ゲームを作ってきたのだが、約束のネバーランドとコラボした『偽りの楽園からの脱出』を作り終えたときに、ある種満たされてしまった。
「これ以上面白いものは、もう自分には作れない」
「今後誰かが同じくらい面白いゲームは作れたとしても、これを大きく超えるものは作れないんじゃないか」
と結構強く思ってしまい、その後、もうリアル脱出ゲームは作れないと一度取締役に辞める相談もしている。
結局、海外、主に台湾に関わる案件を進めつつ、リアル脱出ゲーム以外の新規案件を生み出す部署にいったん異動してみようとなり、色々動こうとしている中、やつがやってくる。


■その2「コロナ」

SCRAPもコロナで大きく変わった。
リアルイベントに人が来れなくなり、そして来なくなり、経営が揺らいだ。
しかしそんな中、どうにかオンラインイベントに活路を見出し、一気に力を注ぐことになる。
自分がいた新規事業部は解体され、オンライン事業部が設立された。
その頃はわがままなど言える空気は一切なく、とにかく会社がなくならないようみんな必死で動いた。
オンラインというものに特別興味があった訳ではなかったけども、やれることはあるし可能性もある、とにかく今は会社のために頑張ろう、という気持ちですんなり異動を受け入れた。

が、SCRAPはもう一つ変わった。
リアル脱出ゲームはネタバレがあるため、基本一度しか体験できない。
そんな特殊なゲームのため、リピートさせるには新しいゲームを作らねばならない。
その新しいゲームを体験した人をリピートさせるには、さらに新しいゲームを作らねばならない。
つまり、リピートさせるには、永遠と新しいゲームを作り続けなければならないのだ。

カラオケはどんどん曲が増えていくのでリピートできる。
ボーリングは何も変わらなくてもリピートされる。
コンシューマーゲームやオンラインゲームも、基本何度でも繰り返し遊べる。

映画だけは違う。
リピートはできるものの、基本は一度観たら終わり。
また映画館に来させるためには新しい映画をどんどん上映していかなければならない。

映画とリアル脱出ゲームが大きく違うところは、映画はその新しいものを作る会社やチームがものすごい数あるけれど、リアル脱出ゲームはSCRAPのみ。
自分たちだけで、ものすごい数のゲームを作り続けていかなければならないのだ。

そもそもがそんな特殊で大変なものなのに、コロナの影響でそこが更に加速した。
とにかく数を打とうと。

僕が入社してから退社まで言い続けてきたことが一つある。

「リアル脱出ゲームを気軽に何度でも遊べるものにするべき」

これができたとき、この社会が大きく変わるんじゃないかと思っている。

この社会には、遊べるものが少なすぎる。
「遊び」の選択肢は、恐らくここ何十年も大きく変わっていない。
食事、酒、カラオケ、映画、ゲーセン、ボーリング、ダーツ、ビリヤード、カフェ、買い物、ドライブ、美術館、散歩、ライブ、クラブ、等々。ずっとあるものばかり。

このラインナップに新たに入れられものを作りたくて僕はSCRAPに入社していた。
そのためには「気軽」で「何度でも」参加できることは必須条件で、ずっとそのことを訴えてきたのだが、どうにもこれが誰にも響かなかった。
そもそも目的が違っていたのかもしれない。

最後の最後でどうにか生み出せたのが、『ミステリータワーからの脱出』。
この「何度でも」という仕組みを作るのが難しい中、「何度でも続きから遊べる」という仕組みを成り立たせ、この世に生み出すことができたのだ。
ただこのシステムをつくるため、莫大なお金がかかってしまった。
こんなこけたら大打撃の経営が危ない中、この企画をGOしてくれたときの取締役は本当に男気があったと思う。

一度この企画はポシャろうとしていた。
予算を作成し、取締役にプレゼンしたとき「こんなものGOできるわけがない」と一蹴された。
僕はどうしてもこれを世に出したかったので、もう一度だけチャンスをもらった。
恐らく取締役は、この企画を少なくとも今は通すつもりはなかったのだと思う。
ただ僕は一刻も早くこれを世に出すことが、最終的にSCRAPを救うと信じていた。

規模と予算を可能な限り縮小し、SCRAPの未来と、上に書いたような個人的な思いの丈を、思いっきりぶつけたとき、取締役はその場で即GOを出した。

多分、今までの人生で一番のプレゼンだったと思う。

話がどんどんズレていってしまう。
まだ、2つ目だ。

とにかく、この「数を打つ」「作り続ける」というのが、僕はどうにも正しいと思えなかった。
一度全員で立ち止まってでも、「どうしたら少ない数でリピートしてもらえるか」「どうしたら少ない数で参加率を上げられるか」を考えるべきだと思っていた。

この「数を打つ」ことで、ものすごい弊害が生まれてしまうからだ。
その弊害、「忙しさ」がもう一つの理由。


■その3「忙しさとの対価が見合わなくなった」

SCRAPを辞めていく人は、あまり理由を公表せず辞めていく人が多いが、恐らく一番多い理由としては、「忙しすぎる」だと思う。
ただこの「忙しさ」を、「楽しさ」や「やりがい」や「お金」が越えていっているときに、その忙しさは乗り越えられる。辞めていった人たちは、「忙しさ」が、それらに見合わなくなってしまったのだと思う。実際、自分もそうだ。

SCRAPは居心地が良い。面白い人間も多いし、良いやつも多いし、ほどよく緩く、とても自由で気持ちを大事にする。自分にとってはすごく良い会社だった。
基本的に仕事は楽しいし、やりがいも自分で作ってきた。
しかし、『偽りの楽園からの脱出』を作り終え「やりがい」が減ってしまい、コロナが始まり「楽しむ」余裕もなく作り続けねばならなくなってしまったのだ。


■その4「ガスがとまった」

そんな忙しすぎる日々を過ごしているとある朝、シャワーを浴びようとしたらお湯が出ない。
ガスがとめられてしまったようだ。

支払いができてないことには気付いていた。
冷たいシャワーを浴びることも別にそこまでのことではない。
ただ、コンビニにガス代を支払いに行く余裕もないほど忙しいんだと思ったときに、そこまでの対価は今あるのか、何のためにそこまで頑張っているのだ、俺は冷たいシャワーを浴びてまで頑張る理由はあるのか、と思ったときにふと辞めることがよぎった気がする。
完全にこの瞬間に辞めようというときはなかったのだけれど、強いて言うならこの「冷たいシャワーを浴びたとき」なのかなという気がしている。


■その5「やりたいものだけやれなくなった」

僕はだいぶわがままを言ってきたと思う。
やりたくないものはやりたくない。これは結構働く、そして生きていく上で大事にしていることで、やりたくないものを「やりたくない」と言えるように、その分頑張ってきた。
自分や自分たちで企画したり、そもそも自分のやりたい方向に変えていったり、興味あるものに積極的に手を挙げていったり、やりたいものだけで自分の仕事が埋まるようにしてそこで結果を出し、やりたくないものが降ってきたときに断れるような状況を作り出していった。
それがコロナで通じなくなった。
そして、もう一つ、


■その6「誰でもやれることをやりたくない」

これも結構生きていく上で大事にしていることで、自分がやる意味がないもの、自分じゃなくても誰かができるものには、ものすごい拒否反応が出てしまう。
それをやった瞬間に自分の存在価値というか生きている価値がなくなるような気がしてしまい、ずっと避けてきた。
それがたくさん降ってきた。

自分にしかできないものはあると思っているけれど、「誰にでもできるもの」「誰かができるもの」は気持ち的にも、多分能力的にもできないんだと思う。基本常識がなく常識を身に付けることが苦手で、マニュアル通りにやることができない。
そして「誰かが考えたものを形にする」これも結構苦手で、どうしても自分の色をたっぷり入れないと気が済まず、ほぼほぼできているものを「これを世に出してくれ」と言われるとものすごく拒否反応が出てしまう。


■その7「プロデューサーが向いてない」

そしてもう一つ苦手なものとして「お金」がある。
そもそも数学的な部分でも苦手ではあるのだが、「お金」に対する興味がどうにも持てず、いや興味というかお金は稼がなければならないし、プロデューサーが一番頑張ることは「お金を稼ぐこと」だと思うのだけれども、どうしてもそこより「面白いものや新しいものを作りたい」という方が勝ってしまっていた。
そもそもその時点でプロデューサーという仕事にあまり向いてないのだと思うけれど、コロナで「お金を稼ぐ」が圧倒的正義になった今、そして自分でもそれが正義で正しいと思った今、お金を稼ぐことが苦手な自分には、お金を第一に考える働き方はなかなか苦しかった。

もちろんお金のことを全く考えていなかった訳ではなく、上に書いたように、「気軽に何度でも遊べるゲーム」を作ることで将来的にものすごい利益をもたらすんじゃないかみたいなことは考えてはいた。
ちなみにそうしたゲームを生み出すことは、全体で作るゲームの数を減らすこともでき、そうすることにより社員の忙しさが減り辞める人間も減り、色んな良い効果をもたらすとも思っている。

僕はラジオの仕事をしているときからこれまで、働いているときはずっと忙しい生活をしている。
何なら忙しいのが好きだったりもした。
ただ最近は考えが変わってきた。


■その8「忙しいは正義ではない」

忙しさは人間を不安定にさせるし、良い仕事をするには良いプライベートを過ごすことも大事だなと最近ひしひしと感じるようになった。
以前はそんなこと考えたこともなかったが、「良いプライベートを過ごすために頑張ろう」とか「プライベート楽しいから忙しいけど仕事頑張ろう」みたいなのもありだなと思ってきている。
そしてプライベートが充実することで心が安定し、良いパフォーマンスを発揮でき、楽しく仕事もできる。ちなみに、忙しいは正義ではないし、イライラしながら仕事をする人間は悪だと思ってます。
そう思いつつもどうしてもイライラしてしまうこともあったけれど、なるべくアホなふりしてヘラヘラしてるようにしていた。イライラは人に伝染し、イライラすることでストレスが溜まり楽しくなくなり、もう本当にいいことが一つもない。今すぐやめましょう。


■その9「会社より自分が大事だった」

コロナの影響で会社がお金を稼ぐことが第一になるに連れ段々と心が追いつかなくなってしまったのだが、会社がそうなることは当然で、本当に存続が危ぶまれていた。
何なら今もその状態は続いている。
みんな必死で会社一丸となって戦っていた。
どうにかこのコロナが落ち着くまで耐えよう、あと数ヶ月、あと一年、自分は捨てとにかく会社のために働いた。

未だにコロナ禍は続いている。
さすがに心がもたなくなった。自分を捨て続けるには長すぎたのだ。
SCRAPへの愛はあるけども、どうにも自分への愛の方が強かった。

ちなみに、自分なんかよりもSCRAPへの愛のある人間は社内にたくさんいたけれど、自分よりSCRAPの未来のことを考えて働いていた人は役員を除いてはいなかったんじゃないかなと自負している。
自分が担当した案件には、必ずと言っていいほどSCRAPの未来のためになる要素を入れ込んでいたし、むしろ未来のSCRAPのために毎回作っていたという方が正しいかもしれない。
「お金に興味がなかった」というよりかは、「単発でお金を稼ぐのは任せた!自分は未来の大金のために頑張るぜ!」という気持ちが強かったような気もする。
まあ結局、そこまで大きな結果は出せてないけども。

そして『ミステリータワーからの脱出』のような例外を除き、全員が「未来」より「今」を優先しなければならなくなり、魂がどこかに置いていかれてしまった。

これを見た誰かが拾ってくれますように。


■その10「気持ちがないやつは迷惑」

そして、一番の理由としては、恐らくこれ。

そんな感じでモチベーションや気持ちが段々なくなってきてしまっている中、どうにか周りにそれがバレないように必死に隠してきた。
が、それが長くなってくるとどうにも隠しきれず漏れ出てしまっていることが自分でも分かり、これ以上いたら迷惑だ、と思うようになった。

元々、気持ちがない人、やる気がない人がチームにいるのがものすごく嫌だった。
そんな人を見るとどうしてもイライラしてしまうし、みんなのモチベーションも下がってしまうし、そんな人が一人でもいると良い作品は生まれない。本当にそういう人はチームから外れてほしいと思っていたのに、とあるときから自分がその存在になっていることに気付き、絶望的な気持ちになった。

決定打はなかったと書いていたけれど、これらの9個の理由が同じようなタイミングで重なり出し、この10個目がドンッと積み上がったときに退職を決めた。

と、どうにか10個にまとまった気がしたが、よくよく考えたらまだまだ理由はあったので、また今度書こうと思う。
会社に関わることは以上で、あとは自分の人生観においての理由。

 

簡単に言うと、刺激不足。
そろそろ頭使わないと腐ってしまう。
他のことしたい。
ちょっと真面目に生きすぎた。
いったん、0にしよう!

だ。

38歳、無職、家なし、恋人なし。
さーて、どう生きよう。

久々にゾクゾクしている。

 

 

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