僕はわりと、変な形の服や、変なデザインの服を着ることが多いのだけれども、
それには理由がある。
楽だから。
社会人は、社会の場では、なるべく社会人らしくしなければならない。
僕は、それが苦手だった。
そして、苦痛だった。
僕は、社会人になりきれていなかった。
でも、社会人は社会人らしくなければならない。
社会人になりきれていないことを頑張って隠さなければならない。
そこで僕が自然と生み出していた打開策、それが、より変な服を着ること。
変な服を着ていたり、髭を異常に伸ばしていたりすると、
たいがい相手の第一印象は、「この人、変な人なんじゃないのか・・・?」で入ってくる。
そこから話していくうちに、社会人になりきれていないことがバレても、
「この人はやっぱり変な人なんだ」となり、そんなに驚かれない。
そして、うまく社会人っぽく振る舞えたときは、
「この人変な格好してるのに、やるじゃない」と、逆に好印象になったりもする。
しかし、ピシッとした服を着ていて、
社会人になりきれていないことがバレた場合、
ものすごく悪印象になる。
そして、相手をものすごく苛立たせる。
つまり、逃げだ。
僕は、変な服を着ていたおかげで、
この6年間、ギリギリのところで社会を渡り歩いてきた。
恐らく僕が、ピシッとした格好をしていたら、
とっくに社会からは排除されていただろう。
そのくらいギリギリだったと思う。
そのくらいギリギリのことを何度もやっていた。
そして結局は、自ら社会から出ていくことになった。
もともと変な格好をすることが多かったのだけど、
それも多分、自分が変でいられるから。
変でいるのは楽だ。
あまり考えなくていいから。
人間は、服装で左右される。
スーツを着ていると、それっぽい歩き方だったり立ち振る舞いをするし、
お気に入りの服を着ていると、やけに自信や余裕が持てたりもする。
そして、変な服を着ていると、あまり考えないでいい。
楽だ。
5年間一緒に番組をやっていた、Base Ball Bearの小出祐介くんは、
「僕はオシャレなんてしたこと、1回もない」と言い切った。
彼は、僕の知る限り、服装に全く左右されない唯一の人物である。
これはこれで、ものすごい楽なのだと思う。
僕も、無地の服をたまに着る。
無地の服も楽だ。
「0」だから。
つまり、服で何も語っていないのだ。
何も言わないし、何も思わせない。
しかし僕は、気付くと、変な服に逃げてしまう。
「0」をやり通す彼は、すさまじい。
ちなみに髪型も、子供の頃からずっと同じだそうだ。
なんたる。
僕も今、そうなりつつある。
というかよく分からなくなってきた。
家に変な服ばかりあるから変な服を着ていたりするけど、
何も考えないで変な服を着ているから、本当に変な人になっている。
いや、社会から外れ、変な生活をしているのだから、
きっと、これでいいのだ。
そして今日も、変なTシャツを作った。













でも、手作り市には参加して、社会に参加してるやん。