「ありがとう」

 

ありがとう

まだ見ぬあなたへ

たくさん見せてくれてありがとう

まだ知らぬあなたへ

たくさん教えてくれてありがとう

まだ匂わぬあなたへ

たくさん匂わせてくれてありがとう

まだ触れられぬあなたへ

たくさん触らせてくれてありがとう

まだ聞こえぬあなたへ

たくさん聞かせてくれてありがとう

まだ感じぬあなたへ

たくさん感じさせてくれてありがとう

まだ死なぬあなたへ

たくさん生きてくれてありがとう

まだ現れぬあなたへ

たくさん粘ってくれてありがとう

もう現れてしまったあなたへ

はやいよ

 

 

「大人オチ」

 

目覚ましが鳴っている。

 

もう朝か。

 

現在、7時10分。
家を出るまでには、まだ50分ある。

もう5分は寝れるな。

 

 

目を覚ますと、8時10分だった。

「何で起こしてくれないんだよ…!」

そう母さんに文句を言いつつ、
僕は大急ぎで学校へ行く準備をする。

「何度も起こしたけど、あんた起きないじゃない」

目線はテレビにいったまま、母さんが言う。

「ちゃんと起こしてよーーーー」

僕は、ブチュッと歯磨き粉を塗り付けたハブラシを、口に入れる。

 

その時、僕はイラついていたんだ。

 

 

食パンを口にくわえ、家を飛び出し、自転車にまたがる。

ここからが腕の見せ所だ。

もし、僕の家から高校まで、世界中の人間が自転車で競争したとしても、
僕は優勝する自信がある。
最短のルートを知っているし、 車が出てくるポイントも知っている。
注意すべき段差も把握してるし、 あと単純に自転車を漕ぐのが速い。

単純に走ると30分はかかる道のりだけど、
僕が本気を出せば15分でいける。

でも今日は、10分で着かなきゃ遅刻だ。

 

僕は心のスイッチを入れた。

 

一つのミスもなく、一切止まらず、 高校までの道を走り抜ける。

近所のおばさんの挨拶には見向きもせず、
犬のペロも、今日は無視。

 

走る。

 

走る。

 

 

漕ぐ。

 

 

結論から言うと、僕は間に合わなかった。

めちゃくちゃ急いだのに遅刻扱いになったときの絶望感は、
半端ではない。

今日で遅刻は20回目だ。

 

コソコソと教室のドアを開け、そそくさと自分の席に向かう。
2・3人の友達が、僕を見てクスクスと笑っている。

先生が、席に着こうとする僕の方を見た。

「すみません」

僕は怒られる前に、すまなそうに小声で言った。
また、2・3人の友達が笑っている。

僕はちらりと神田さんの方を見た。

神田さんも、僕を見て少し笑っている。

 

それを見て、僕も笑った。

 

今日は、話せるかな?

 

 

僕は勉強が嫌いだ。

いや、勉強自体が嫌いというよりは、授業が嫌いだ。

昼休みが待ち遠しい。

 

よし、今日は話そう。

 

僕は、もう一度神田さんの方を見た。

神田さんは、黒板の文字をノートに写している。

いや、違う。

 

僕は、大人だった。